【教員より】芸術学科卒業生・芸術学専攻修了生の皆様へ

学位授与式の中止に伴い、卒業・修了生へのメッセージをWebサイトに記載いたします。


 このたびは、ご卒業・ご修了おめでとうございます。大変残念なことに新型コロナウイルス対策により本年度の卒業証書・修了証書授与式は行われないことになりましたが、皆様の卒業・修了の意義は変わりません。この場にて、お祝いの言葉を贈らせていただきます。

 皆様が大学に在籍した期間に何を学んだか、どんな力をつけたかは、人によって大きく内容が異なります。その多様性こそが大学という教育機関の、そして特に本学科における学びの特徴です。皆様の中にはこれから社会に出て企業等で働く方も、大学院に進んで研究の道に入る方も、また創作活動の方面に進まれる方もいらっしゃることでしょう。大学時代に培った素養やスキルが少しでも生きて、より充実した仕事人生や活動、心身を豊かにする生活を過ごす結果につながれば幸いです。

 世の中は常に動いています。国や都市のありよう、自然や生活を取り巻く環境も常に変わっています。たとえば私の幼少時は、風呂は石炭で炊き、テレビはモノクロ、携帯電話どころか家電(いえでん)すらなく、電話を持っている近所の家にかかってきたら呼び出してもらって通話をさせてもらうという生活環境でした。スマートフォンやインターネットはおろかパソコンもない中でも、人々は盛んに生産活動をし、情報交換をし、様々な交流をし、そして創作活動をしていたわけです。

 さて、芸術の世界には、ここ数十年でも変わっていない部分と大きく変わった部分があります。芸術家たちによる表現が人々の心を動かしたり、刺激になったりするところは変わらない。それはおそらく「芸術」という概念が微塵もなかった洞窟壁画の時代、あるいは日本でいえば縄文土器の時代からそうだったのだろうと推測しています。一方、ここ数十年で起きた大きな変化としてまず思い当たるのは、世界各地に極めてたくさんの芸術祭が生まれたことでしょうか。日本の中だけを見ても大都市だけでなく農村や島を舞台にした芸術祭が数百も林立し、美術市場が世界的に見て小さいと言われる中でも、芸術家たちが活動する場は増えています。表現手法も多様化しています。昔は美術といえばほぼ絵画と彫刻だけでしたが、映像、インスタレーション、パフォーマンス、電子メディアによる表現をはじめ、さまざまな技法や形態の美術が当たり前に存在する状況になっています。

 こうした世の中の移り変わりを見ていると、社会は常に変化していく生き物であることが分かります。皆様方がその変化を見極めつつ、新しい動きに対応していくことは、大きな喜びになりえることでしょう。一方、生き物としての社会がいつも健康だとは限りません。それを治療しつつ人々は生きてきたし、またこれからも生きていくことになる。皆様の中には、社会の健康状態を保つ役割を担う方々も出てくるかもしれない。芸術は世の中を活性化するカンフル剤にも、病気に対する治療薬にもなりえます。皆様の力をぜひそこで生かしていただければと思います。

 本学科で学ばれた皆様には自明のこととも思いますが、芸術は社会の中で一定の役割を果たしています。生活の場における心の潤いになることもあれば、活動の原動力になることもある。あるときには見知らぬ人とのかけがえのない交流を生み、あるときには平和に貢献することもあるはずです。協働によって一人ではできないことを成し遂げることもある。成し遂げられなくても、努力の過程で充実した時間を過ごしたり、自らの心や技術を磨き上げる助けになることもある。直接芸術とは関係しないと思われる企業や役所で働かれる皆様においても、芸術学を学んだことによって何が人の心を動かし、充実させるかを知ったことが仕事や日常生活のうえで大きく生きていくことと推察しています。

 芸術を支える芸術学を学んだ皆様はぜひその蓄積をもとに、ご活躍の場で、まずは自分の人生を充実させることから始めてください。常に自分のスキル・能力を磨くことを心がけていれば、必ずよい将来が開けることと信じています。皆様の新たな世界への旅立ちを、心からお祝い申し上げます。

2020年3月23日
多摩美術大学 芸術学科長 小川敦生


 皆さん、ご卒業おめでとうございます。学位授与式でお目にかかれなくなってしまったことはとても残念です。皆さんとともに過ごすなかで、皆さんだけでなく、この私自身も大きく変われたように思います。ありがとうございました。皆さんの新たな門出を心から祝福いたします!

安藤礼二



 卒業おめでとうございます。
 なにか言葉をということで、日頃感じていることをお話ししたいとお思います。どうも皆さんは、不満はないこともないけれども、現在の環境をこよなく愛しているように見受けられます。安心するもののなかに自分の拠り所を見つけ、そこに所属しているように見えるわけです。美術についてもそのような歴史はいくらでも見出すことができることは、この多摩美術大学で学んだことでよく理解していることしょう。けれども、何かに属することから逃れ、自身の安住する場所から離れて、対峙したことがない広がりのなかに自身を進めることが必要だと僕は考えています。そしてそのように行動してきました。生まれてこの方、荒涼とした光景のなかを生きてきたように思えます。作品を作りだす、あるいは研究をする、ようするに哲学をするということは、そうした荒涼とした光景のなかでひとつのあり方を整備していくことのように思えてなりません。すでに用意され、そこで育った安住する場とは異なった場が輝きを持ったとき、その場を欲する他者がやってきて、お互いに「場」を構築していくということが始まります。そんなとき必要なことは「考える自由」です。「自由は」つねに「新しさ」を求めているからです。ありきたりの言葉になってしまいましたが、皆さんに「考える自由」を獲得し、持ち続けていただきたいと願うばかりです。お元気でお過ごしください。

海老塚耕一


 ご卒業・ご修了、おめでとうございます。
 私は今年度はじめに着任したばかりで、最終学年の皆さんとはあまり接する機会がなかったかと思います。でも、そのことを残念に思う気持ちよりも、少しでも皆さんと知り合えたことを幸運に思い感謝する気持ちの方を大切にしたいと思います。
 英語では「卒業式」のことを“graduation ceremony”という場合もありますが、“commencement”という場合もあります。“commencement”とは、「始まり」を意味する言葉です。卒業は「終わり」というよりはむしろ「始まり」である――素敵な考え方ですね。
 これからの新しい人生のステージでの皆さんのいっそうのご活躍を願うとともに、またどこかでお会いできることを楽しみにしています。

大島徹也


 むかしの人はよく、人生のことを旅にたとえました。
 みなさんは学生という身分から、確たる答えのない世界のなかへ、長い長い旅の船出をしようとしている、まさに旅人です。
 その世界では大きな自然災害が起きて、昨日までの景色はがらりと変ってしまうかもしれません。あるいは、未知の感染症が流行し、突然、家族や友人に会うことができなくなるかもしれません。
 旅に出るとき、人はふだんの生活パターンや常識をリセットして、環境の変化に適応しようとします。わたしはみなさんに大した知識を授けられませんでしたが、世界の変化に対応するための、しなやかで強靭な知恵の一部をお伝えしたと思います。
 その知恵の実をたずさえて、混沌とした世界のなかで生き抜く旅人になってください。大人になるのではなく、狩人になるのです。このような年に卒業するみなさんだからこそ、それができるのではないかと期待しております。
 
金子遊


羽ばたく耀き――「芸術学」を学ばれた誇りを胸に

鶴岡真弓


 多摩美術大学で「芸術学」という深い学識、思考、表現の方法を、他になき密度で立派に修められた皆さんは、これから新らしい翼をもって、羽ばたいていかれます。
 この祝うべき春に、私たちは思いがけない世界的な危機により、楽しみにされていた卒業式・修了式を開くことが叶いませんでした。しかしそれゆえに、皆さんの変わらない志と、蓄えた力は、永遠に深く本学のキャンパスに刻まれていき、後輩たちに大切なものをすでに贈られています。
 すなわちどのような状況下においても、人間・人類は「芸術の創造性」を信じて、前に進んでいくという勇気です。皆さんが卒論やそれまでの論考や作品で、高く掲げたテーマを胸に、芸術学科で学ばれた日々を活かし誇りに、これからも一日一日をたいせつに、豊かに、歓びをもって邁進されることを、心からお祈りしてやみません。
 卒業・修了後も、母校の活動に耳を傾けて豊かな芸術的な人生を深めていっていくことも期待しています。本学には「芸術人類学研究所」や「図書館」や「生涯教育」や「アートテーク」などで、研究会・講座・展示・シンポジウム等々がこれからも開催されていきますので、また先輩後輩たちとの交流に後期に母校にまた遊びにきてください。
 教師は「教える」立場ですが、実は、教えつづけるとは「学びつづける」ことなのです。皆さんからたくさんのことを学ばせてもらえた日々は、私にとって永遠の宝物です。皆さんもまもなくその立場になられます。心から感謝とともに、この輝く羽ばたきを祝し、ご活躍をお祈りしています。



卒業式を失った学生に贈る擬ソネット ――March 18, 2020

平出隆


晴れ晴れとして集うはずだったわれわれの計画を阻んで、極微の棘また棘が、
見えないままに現れ、そのことを蔽うように鑓水の丘に
花の綻びがいつになく早い。世界中、今年の花が早いのかどうか知らない。

光冠の、名と形態との関係を自宅の書架に、いまさらながら調べる一方、
卒業式がなくなって、誰とだれに会わずにしまうのか、
綻ぶ顔を、輝く眼を、数えたり数えあぐねたりもしている。

三十年通ってきた校庭だが、私もあと一年で終ろうとしている。しまった、
あれもこれも伝えそびれたと気づく。まるで世の中を出てゆく者のこころだが、
世の中へ出ていく人たちには、そんな声は困惑をもたらすだけだろう。二月半ば、
マスクだらけになっていく世界を眺めながら世を去っていった

われわれの国の、われわれの時代の、小説家の文章を指差したかった。最後の床まで
筆を執ろうとしていたというあの賢者なら、突然の世界災厄の景色になんと書いたか。もはや
それは読めないのだが。しかし春、それを読み、それを書くのがわれわれのそれぞれの
新鮮な仕事になった。もう会うことのない若い人たちよ、どこかの紙の空で、また会うことを。