【Webzine タマガ】輪郭線を描かなかった伊藤若冲の巧みを知る/タマガ見聞記

◎若冲展写真-2

『生誕300年記念 若冲展』が開催された東京都美術館(*)

  この春、東京都美術館で『生誕300年記念 若冲展』が開催された。江戸時代の画家、伊藤若冲の代表作を集めたこの展覧会には、会期中に44万人もの人が訪れたという。極彩色が艶やかな《動植綵絵》などの作品を楽しむうちに、どうしても気になる特徴が脳裏から離れなくなった。展示作品の中に、輪郭線がない絵があったことだ。その理由に思いを巡らせた。


 今年4〜5月、東京・上野の東京都美術館で開かれた「生誕300年記念 若冲展」。1716年生まれの江戸時代の画家、伊藤若冲の生誕300年を記念した展覧会だ。明治時代に京都の相国寺から皇室に《動植綵絵》が献納されて以来、東京で開かれた展覧会では初めて一堂に会したという《釈迦三尊像》3幅《動植綵絵》30幅を中心に、約90点が展示されていた。会期中には44万人もの人が訪れ、入館のための長い待ち行列が話題になった。

 この展覧会では、全体を通して特に印象深く感じたことがあった。輪郭線がない絵がたくさんあったことだ。同じ時代の浮世絵などは線で表現するのが普通なのに、なぜなのか。疑問を解くために、会場では流れに身を任せて歩を進めながら、可能な範囲で作品をじっくり観察した。

 まず向き合ったのが、京都・鹿苑寺所蔵の《鹿苑寺大書院障壁画 葡萄小禽図襖絵》。4枚の襖の画面に、つるを妙な形にくるくると伸ばした葡萄(ぶどう)の木が造形意欲たっぷりに描かれている。

 細かく観察すると、ところどころに斑点のついた葉が、葉脈まで丁寧に表現されていた。ただし、輪郭線は全く見られない。ぶら下がっている葡萄の実もそうだ。しかし輪郭がなくても、葉の一枚一枚や実の一粒一粒を見分けることができた。さらには、墨の濃淡によって実が飛び出して見えたり、葉や葉脈が浮き出て見えたりした。ここで推論したのは、「輪郭を描かないことによって、絵画をより立体的に見せようとしたのではないか」ということだった。

 次の展示室にあった岡田美術館(神奈川県箱根町)所蔵の《雪中雄鶏図》は、雪が降り積もった草地の上で1羽の鶏が片足を大きく上げ、黒い尾羽を翻らせるようにして立っている絵だった。雪や笹の葉など一部の描写を除くと、輪郭線が見当たらないように見えた。しかし、展示ガラスにぎりぎりまで顔を近づけて見ると、赤いトサカや白い羽の外側の線が少し濃い。輪郭線の役割を果たしているようにも見えた。階上の展示室の《動植綵絵》でも、ほとんど輪郭線は見当たらないように見える一方で、植物の茎などをよく観察すると端が濃く描かれていた。花びらの背後を影にすることで、形を鮮明にしたような表現もあった。形を浮き立たせる技に、若冲はとにかく長けている画家であることが分かった。

◎若冲展_チラシ画像(jpeg)

『生誕300年記念 若冲展』のチラシ

 思えば、絵画の中で色や形を区別する輪郭線は、実際の空間では色と色、形と形が隣合ったときにできる概念的な存在だ。若冲はそんなことを直感的に理解し、実際の物においては存在しない輪郭を、線のあるなしにかかわらず、巧みに表現しているように思えた。

 東洋絵画について調べてみると、「没骨(もっこつ)」という輪郭のない手法で描かれることがあることも分かった。宋の徽宗皇帝が描いたとされる《桃鳩図》などが代表的な例だ。若冲が没骨の名手であることを、この展覧会では目のあたりにすることができた。一方では、滋賀県のMIHO MUSEUM所蔵の《達磨図》や岡田美術館所蔵の《三十六歌仙図屏風》など、線描の妙にうなるような作品も展示されていた。東洋画の神髄を極めた若冲の画力に脱帽する展覧会だった。

取材・文・撮影(*)=椋田大揮

【生誕300年記念 若冲展】(展覧会は終了しています)
会場=東京都美術館
会期=2016年4月26日〜5月24日


 


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