暗青色の画面の真ん中、暗い眼差しの顔が沈み、左右にこの人物のものとも他人のものともつかぬ手袋が添えられている。切られた手かも知れない。作者自身の手かも知れない。暗がりの奥に、軍服めいた服装の男がこちら向きに控えて立ち、かたわらに壊れてねじ曲がった部屋のような空間が見える。こう書くと、いかにも抑圧的な状況を告発する作品のように思われそうだが、そして多分、制作の動機はそこにあったのかも知れないが、作品の与える印象はそんな通りいっぺんの浅いものではない。私見では、今日の地球規模の人間の状況を銅版技法のすべてを駆使して能うかぎり造形的な真実に置き換えた、大賞に値する堂々たる優作である。この作品に「イラン」だけを見てはなるまい。形態要素と空間表象の隅々に施されたあいまいさが、作者自身とその環境の不安を見る人すべての不安感として普遍化し、引き込まずにおかないからである。あからさまな政治的・社会的主題の提示を好まない人でも、線と意味の明示を避けたこの作品の高度の造形力には深く感応せずにはいられまい。