松岡 直希《文字禍禍》

 文字を見つめ続けるうち、形態が崩れ、線は要素と分解される知覚現象がある。音と意味とでこれを繫ぐ霊の存在を、中島敦「文字禍」は、新アッシリア期を舞台に追う。しかし霊は、禍いや病理そのものとして描かれていく。事物の領土を、文字の霊は脅す。「人間ノ頭脳ヲ犯シ」、書かれないことはもはや存在しない。ノアの系譜、ウトナピシュティムの大洪水は、この紀元前からもはるかに遠い。文字以前の太古より、我々はどこに押し流されたのか。
 《文字禍禍》は、この「文字禍」を凍結した。やがて本は溶解し、タイポグラフィは崩壊する。禍いは、洪水のごとき形象をもって、押し寄せる。[K. Miyaura]