STUDY

多摩美版画、学びの方向

版画教育のパイオニアとしての多摩美の版画、日本で最も先鋭的な拠点で学ぶ

版画は明治時代に興った『創作版画運動』によって日本画、洋画と並ぶ1つの芸術ジャンルに位置づけられ、今日の隆盛に繋がっています。多摩美の版画はその創作版画の流れを汲み、日本の近現代の版画を拓いてきた先人たちによってその礎が築かれました。版画コースが開設されたのは1970年4月、今から50年ほど前のことです。そして1992年には油画から独立した版画単独の専攻学科が設置され、日本の版画教育の先駆けとして数多くの版画家、美術家、デザイナーたちを輩出してきました。今日では伝統的な版画に留まらず、写真、CGなどの新しい版画表現へとその教育研究領域を拡げ、版画教育の先鋭的な拠点として位置し続けています。

3つの学びの方向性

多摩美の版画の研究領域マッピング図

多摩美の版画における教育研究に3つの学びの方向性があります。1つ目は木版、銅版など東西で長い歴史をもつ伝統的な版画技法の研究、2つ目は写真、CGなどデジタルを中心とする版画や、版から展開される多様な表現(ミクスド・メディア、インスタレーション表現)などの先端的な表現の研究、そして3つ目は絵本、写真集などの本による表現や、創造性の高いグラフィックデザイン、イラストレーションなどを対象にしたデザイン表現の研究です。伝統と先端、アートとデザインの幅の広い領域において版画の今日的可能性を追求していきます。

 

 

 

  • 1. 伝統的な版画表現/技法を学ぶ
  • 2. 先端的な表現/考え方を学ぶ
  • 3. デザインへの展開を学ぶ

伝統的な版画表現/技法を学ぶ

長い歴史をもつ版画表現/技法とその新しい展開を高度な専門性で学ぶ

西洋の印刷術から始まる銅版画やリトグラフ、浮世絵で知られる木版画など、版画は東西に長い歴史を持ち、芸術表現メディアとして展開してきました。多摩美の版画では、長い歴史の中で培われた伝統的な技法を学び、その版画の特質を理解しながら、今日的な技法の展開を図っていきます。そうした技法研究を通じて現代の表現の可能性を探っていきます。

木版画

日本の多色刷り木版である「浮世絵」は、ドガ・マネ・ゴッホらの印象派の画家に衝撃を与えたことは広く知られています。木版画は、版木に凹凸を作り、絵の具を乗せて摺る技法で、色を何度も重ねることにより柔らかく豊かな色彩表現ができます。また、油性インクやマチエールを施すことで厚く重厚な画面作りもでき、幅広い表現が可能です。

銅版画

銅という金属は私たちの生活の中で大量に使用されています。それは銅が加工しやすい金属だからです。普段使用している紙幣は銅に直接刻む技法「エングレーヴィング技法」が使われています。表現の世界ではデューラーやレンブラントなどの作品が代表的です。色々な技法を使って銅版に凹みを作り、そこにインクを詰め強い圧力をかけて紙に刷り取ります。銅版画は精緻で豊かな深い階層を得ることができる技法です。

リトグラフ

18世紀後半に発明された印刷技術で油性のクレヨンなどで描画した絵が印刷できるので、ロートレックやミュシャ、ピカソ、シャガールなど多くの画家たちがリトグラフを制作しました。石を版として使用するため「石版画」とも言います。アラビアゴムなどの化学反応による水と油の反発作用を利用し印刷されるリトグラフは、描くだけでなく、転写や写真製版のように様々なテクスチャーが自由に使えることが特徴です。現在はアルミ版が主流となりました。

シルクスクリーン

シルクスクリーンは、かつては工業生産技術でしかありませんでしたが、アンディー・ウォーホールなど60年代のポップアーティストたちに使用されて以降、美術表現メディアとして位置づけられるようになりました。描画だけでなく写真も簡単に製版できる上に、紙、板、布地など平坦なものであれば素材を選ばず印刷できるのが特長です。今日の版表現の可能性を拡げてくれるメディアとして期待されています。

先端的な表現/考え方を学ぶ

写真、CG、ミックスドメディア、インスタレーションなど今日の多様な展開を学ぶ

今日では、コンピューターは身近となり、携帯電話で撮影した写真をネットで簡単に共有できるなど、まさにデジタルの時代となりました。一方でジャンル横断的な表現が顕著となり、これまでの版画の枠組みに収めることができなくなりました。こうした時代の大きな変化は版画の概念を自ずと変えていきます。多摩美の版画では伝統的な版画だけでなく、写真、CGなどのデジタル表現も学びながら、こうした高度情報化社会における表現の可能性を探っていきます。

写真表現

写真は、18世紀後半に発明されて以降、絵画と密接に関係し、写実主義、印象主義、シュルリアリスムなどの多くの画家たちに強い影響を与えてきました。一方で60年代以降の現代美術においては写真は絵画から離れて1つの表現ジャンルとして確立され、今日に至っています。こうした美術における写真表現の流れにおいて、デジタルを中心にした写真技術を習得しながら、写真の今日的な可能性について学びます。

デジタル版画表現

今日、デジタル技術によって完成度の高い作品を誰でも簡単に制作できるようになりましたが、ここではデジタル技術の習得を目標としていません。デジタルのプロセスで生まれる発想、思考を重視し、それらをデジタル上での展開はもちろんのこと、アナログの版画に展開することも検討していきます。つまり技術技法に依存しない、幅広い展開を見据えたデジタルの可能性を追求していきます。

今日の多様な版表現

現代の美術において絵画、彫刻、版画と言った1つのジャンルに留まらず、ジャンルを横断するような表現が増えてきました。さらに作品を制作するのではなく、人と人、人と場の関係を作ること、編集することを作品とするのも今日的な美術のあり方です。ここでは従来の版画の枠にこだわらず、そうした新しい美術表現の可能性を学びながら、制作において見出された版画の特質を様々な方向に展開することを模索していきます。

ゲストアーティスト/
美術評論家/
キュレーター講座

最前線で活躍する美術家を招いて、彼らの学生時代から今日至るまでの制作の経緯、考え方、問題意識などに関する講義やワークショップを通じて今日の物作りのあり方について学びます。また美術批評家、キュレイターの講座では、版画史、美術史における新しい視点や今日の美術動向などを学び、自身の表現をそれらの文脈で客観視しながら、その可能性を考えていきます。

デザインへの展開を学ぶ

デザインの創造性を学び、アートとデザインを横断的に研究する

版画は印刷メディアとしての多様な可能性をもつため、挿画イラストレーション、アーティストブックなど、アートとデザインの相互的な展開が歴史的に見られてきました。多摩美の版画では、印刷を主体としたグラフィックデザイン、イラストレーション研究や、絵本、ブックアートなどの本による表現の研究を授業に導入することにより、アートとデザインの横断的研究の可能性を探ると共に、学生各自の卒業後の進路を模索する機会にしています。

絵本、ブックアート、ZINE

版画は複数の印刷物を製作する技術として発展してきましたが、浮世絵のような印刷物だけに限らず、挿画、装幀などの本の製作にも使用されてきました。多摩美の版画では、製本の基礎を習得しながら、絵本、写真集、版画集、アーティストブック、ZINEなど今日の様々な本による表現の可能性を学ぶと共に、各自の普段の表現から展開された本を企画製作し、自分だけの本を作ります。

イラストレーション研究

15世紀に印刷術が発明されて以降、数多くの挿画が制作され、今日においても印刷の特性をよく理解する版画家たちがイラストレーションの仕事に関わるのは一般的です。このように版画におけるイラストレーションの歴史は古く、その可能性は美術だけでなく、デザインの世界にも拡がっています。授業では古今東西の流れや、ゲストを招いての実際の制作現場を学び、イラストレーションへの展開を考えます。

印刷・グラフィックデザイン研究

グラフィックデザインは一般的には情報を<効率的>に広範囲に伝達することを優先しますが、近年、小さなコミュニティーにおける個と個の関係性を繋ぐデザインがでてきました。そこでのデザインは、単に消費されるのではなく、人に実際に関わる印刷物としての完成度が高く、様々な関係を構築する作品として評価することができます。こうしたデザインをアートとデザインの横断的な版画表現として捉えて学んでいきます。

ゲストデザイナー

最前線で活躍するデザイナー、イラストレーターを招いて、仕事内容、技法、プロセスなどの実際の制作現場を伺いながら、デザイン表現の創造性や、個と個、個と場などの関係を取り結ぶデザインの可能性について学びます。それと同時に卒業後の学生各自がどのように物作りに関わっていくのかを具体的に模索していきます。