第4回『土地と力』+2016年度 芸術学科21世紀文化論
本年度、開所10周年を迎える芸術人類学研究所では、「聖なる場所のネットワーク」をテーマに
第4回「土地と力」シンポジウムを開催いたしました。
芸術人類学研究所 開所10周年記念シンポジウム「聖なる場所のネットワーク」
登壇者:鶴岡 真弓、平出 隆、港 千尋、椹木 野衣、安藤 礼二 日 時:11月19日(土) 開演13:15(開場12:45) 終演16:10 場 所:多摩美術大学 レクチャーホール Bホール
鶴岡所長 開幕の挨拶(抜粋):
10年間を「ディケイド」といいますが、皆さんはこの10年間をどのように過ごしてこられたでしょうか。ディケイドとは、ひと言ではいい尽くせない、豊かさ重さに満ちています。
さてその10年前の2006年の多摩美大に、ヒューマニティーズ(人文学)の理論と、制作・創造するクリエーションを結び付け、世界でも類のない「芸術人類学研究所(IAA)」が誕生しました。「芸術人類学/アート・アンソロポロジー」とは、人類史のスケールで、私たちの「ヒューマニティーズ&クリエーション」を交流させる磁場たるを目指し、世界に発信しようと創設された研究所です。
人類の思考を先史から掘り起こし、つくること、考えること、展開することを営んできた人類が、潜在的可能性、ポテンシャリティを持ち続けて今日まで歩んできたごとく、本学には創造と理論の学科・専攻で、学びと研究と普及の活動が行われています。そのロングスパンの歩みを多元的に掘り起こして、今と未来に生かすのが芸術人類学研究所のミッションであると考えています。
本日は研究所を支えてくださった内外の皆様の「10年」のご支援に感謝し、記念として五つの部門の代表である所員・所長の5名が、各国各地域の人々に協力を得ながら研究・踏査してきた、日本と世界の「聖なる場所」をお示しし、場所、プレイス、スポット、サイトが、人間の心と体と魂、ソウル、ボディー、スピリットを育み、成長させてきた歴史と、これからのポテンシャリティとして今どのようにあり、どのようにより豊かに開かれていくのかということを語り尽くします。
どうぞ皆さんの生が、「人類史という大河の一滴」としてあること、そういうご自身がこれからどのような「多元なる場」をつくり上げ、未来へ手渡していけるか。近未来を思い描きながら、シンポジウムをお聴きいただきたいと思います。どうぞ宜しくお願いいたします。
司会 安藤礼二 所員(抜粋):
まず、今なぜ聖なる場所なのか、ということです。世界はもう150年も前から急激に一つになりつつあります。皆さんもよくお聞きになるかと思いますが、これをグローバリズムといいます。現在、グローバリズムというものが、さらには資本主義というものが、さまざまな大きな問題を抱えつつ、臨界点にして限界点を迎えつつある。そのときに、ただ広がるだけではなく、ただ閉じこもるだけでもなく、グローバルでありながらローカルである自分たちをもう1回見つめ直すことができないのか。ここ100年の間に、資本主義、グローバリズムに対抗するような形で、それぞれの場所に住む人たちがそれぞれの国境を自由自在に越えながら創造的なネットワークを形成していったのではないのか。そうした特権的な場所を探し出して、共振させる。われわれもまた日本人であることから逃れられず、日本人であることを自覚して、われわれが持っている文化がどのような意味を持っているのかを考える。それを世界に発信して、世界からまたメッセージを受け取って、未来に備えたいと、切実に考えるようになりました。
それが、このシンポジウムを企画した意図です。時間と場所の制約を乗り越えたネットワーク。ただ、このネットワークは大きくある必要はないのです。限りなく小さなものの中に自分の世界を築きながら、そのことによって逆に世界とつながり得る。そうした状況というのも確実に増えてきました。日本列島とアジア、あるいはユーラシア、さらには世界各地に点在するさまざまな聖なる場所を一つにつなぎ共振させる。呑み込んだり呑み込まれたり、勝ったり負けたりではなく、自分が今ここにありながら他の場所と共振していく、交響していく。そして実はそういった共振の中からこそ、新しい芸術表現が生まれてくるのではないかと考えております。
その共振する聖なる場所では、宗教と芸術、さらには政治経済と芸術、それから科学哲学と芸術というのを対立させ、分ける必要はもうないのではないか。対立ではなく、もう一つ別の、共生のためのオルタナティブな道を探っていく。そのために、分断された聖なる場所を通底させていく。聖なる場所には、先ほど鶴岡所長がおっしゃったように、歴史の積み重ねがあります。ただそれは、歴史が積み重なっただけの過去の遺物ではないのです。常に人々がそこを訪れて、その場所を活性化させていきます。そのことによって思いもかけない偶然の出会いが広がり、一つの必然の運動が組織されていきます。
われわれは研究者であると同時に表現者です。研究者にして表現者である人々が集う場所を、できるだけ多様な視点で、多様な方向から掘り下げていければと考えております。これが今回のシンポジウムの企画意図となります。
◆シンポジウム前半部
「神秘哲学、国境を超える東洋思想」安藤礼二 所員
・岡倉天心とヴィヴェーカーナンダとの出会い
・「多」と「一」
・鈴木大拙と神智学
・ハスの実、宇宙の中心
「詩的トポスとしての小さな家」平出隆 所員
・子規の眼の中に入る
・伊良子清白の海辺の家
・川崎長太郎の物置小屋
「変換の芸術人類学」港千尋 所員
・「虹のキャラヴァンサライ」
・奥三河の花祭、湯立て神事
・聖なる場所からの変換
・変換の仕方
*
前半部トークセッション
*
◆シンポジウム後半部
「日本列島と〈大地?〉」椹木野衣 所員
・地震と〈大地?〉
・「グランギニョル未来」
・帰れなくなった場所
・「歩みきたりて」
「ケルト文化の火と水 ――ハロウィン、インボルク、鷹の井戸」鶴岡真弓 所長
・聖なる「時間と場所」
・ハロウィンの起源、ケルトのサウィン
・インボルク、浄めの月と火と水
・「聖なる井戸」 のホット・スポット
・アイルランドと日本のネットワーク
*
後半部トークセッション
*
鶴岡所長、閉幕の挨拶(抜粋):
今日参加してくださった皆さまは、ご自分の探求をとおして、アート、デザイン、思想といったいろいろな表現を、何かへの「祈り」として表し、失われたものを乗り越えて、創造していこうという意欲と意思をお持ちであると思います。そしてこの多摩美術大学の唯一の研究所である「芸術人類学研究所」の研究活動にも深く関心をいただき、今日ここに集ってくださったことを感謝いたします。
そして今日討議された「聖地」や「廃虚」や「記憶」や「再生」への願いは、私たちの風景の向こうの対象や対岸のものとしてあるのではなく、まさに私たちの足元にあるものです。これまでは世界史や日本史の年表のページをめくりながら向こう岸の出来事だと思わされてきた。でも、今日それぞれの所員・所長の私どもからお話させていただいたことは、困難な時代への自覚に留まらず、グローバルにもローカルにおいてもこのような激変のときだからこそ、どんなアプローチからでも私たち人間がなにかを成すことのできるポテンシャリティの質量が、今や最大であるとさえいえるということだと思います。
「聖なる場所のネットワーク」という捉え難いタイトルから始まった饗宴は、2 時間半後の今ここで、たとえささやかであっても、私たちがこれから共有できる大切なものが生まれたと願いたいと思います。