【活動報告】映像文化設計ゼミ 学生レビュー優秀作

芸術学科8つのゼミのひとつ、映像文化設計ゼミでは、9月にイメージフォーラム・フェスティバルのディレクター、山下宏洋氏のゲスト講義をオンラインで行いました。
そして、学生たちはフェスティバルに行き、思い思いの作品を堪能し、レビューを執筆しました。その中から優秀であった文章をここに掲載します。
(芸術学科教員 金子)


『ホイッスラーズ 誓いの口笛』 

 主人公はルーマニアの警察で働く麻薬担当刑事クリスティ。彼は麻薬密売組織と内通し、情報を流す見返りに金銭を得ていた。ある日、彼は組織の構成員である美女・ジルダに取引を持ちかけられ、成り行きで彼女と肉体関係をもつ。彼女の指示通りカナリア諸島のラ・ゴメラ島へ向かったクリスティは、警察にバレない連絡手段、口笛言語“シルボ”を習得し、逮捕された構成員ジョルトの解放に協力することになる。

 麻薬密売組織、それを追う警察、両者に目を付けられ板挟みになる主人公の三つ巴で物語は展開し、そこにクリスティとジルダの関係が絡み合ってくる。特徴的なのは、各章が物語のどこの時間軸にあたるのか判然としないところである。ミステリアスな構成が、色彩や音楽の美しさと相まって詩的な雰囲気を演出している。
 
 この物語は、「言葉とは何か」を観客へ問いかける。作中、人物たちが交わす言葉は策略や暗号に塗れている。本来であれば情報を共有し、他人とコミュニケートするための言葉は、その役割を放棄させられている。
 
 キーとなる口笛言語は、「知らない人間が聞いても鳥のさえずりにしか聞こえない」ものだ。
 それはクリスティの目の前を通り過ぎる女性が話す中国語も、印象的に挿入される劇中歌も同様であり、その言語を知らない者は意味を汲むことができない。言葉はある一定の場所で強く力を発揮する一方、別の場所では全くの無力でもある。 
  
 終盤、クリスティは事故の後遺症により言語障害を負う。彼は言葉を発さず、毎日口笛だけを吹き続ける。周囲の人間は彼の行動を奇妙に思うばかりだったが、口笛言語を理解するジルダだけは言葉を交わすことが叶い、彼と一つの約束を交わす。 

 「1ヶ月後、シンガポールで会いましょう。」 
 
 あまりに曖昧で頼りない内容にも関わらず、彼らは約束通り再会する。再会に際して、二人は言葉を交わさない。無言のまま、引き寄せられるように互いに近付いていく。最後に、彼らは言葉の外側で繋がりあったのだ。 (N・F)


監督:コルネル・ポルンボイュ
2019年/98分/ルーマニア、フランス、ドイツ


『MIND THE GAP』

 モノクロの画面内、右奥から女が走ってくる。左には大きく作品タイトルが浮かぶ。
 女は雨の降る中、煉瓦の壁の横を、息を切らして逃げている。角を曲がり壁にもたれかかると、部屋を見つけ、中に入る。
 ドアを背に呼吸を整える。場面は再び外に戻り、歩く男の足が映る。ドアノブに伸びる手の影がある。
 女は恐怖した様子で、近くの椅子の陰に隠れる。隠れて怯えながら、視線を横にやる。近くの引き出しを開けると、中に拳銃が入っていた。
 男が部屋に入ってくる。女はそれに対峙する。ナイフを見せつけ脅す男を、女は銃で撃つ。男はナイフを落とし、苦しみながら倒れていく。倒れた男を避けてドアに向かい、女は部屋を出る。
 手塚眞の『MIND THE GAP』(2021)は、この簡潔な映画を基軸に、音楽や環境音、俳優、カットの繋ぎ等を変えた複数のバージョンを展開していく。
 複数のバージョンによって見せつけられるのは、映画の「狭さ」と「広さ」である。
 カットという言葉の通り、セットのどこからどこまで、演技はどこまで撮るか、「何を切り取るか」で映画は変わる。
 作中で繰り返される映像の差異は、映像作品の切り取られた「狭さ」を感じさせる。部屋に逃げ込む女、歩く男の足、ドアノブに伸びる手の影。この短い3つのカットから、我々は物語を想像する。男に追われた女が逃げているのだと。
 しかし、切り取られた3つの場面が単に繋がっているだけである。実際に物語は言葉で説明されていない。カットを無秩序に並べたバージョンを見れば、それを思い出す。短いカットを監督の意思で繋げたもの、それは「狭い」世界を見ているようである。
 しかし同時に、繋ぎ方次第で変わっていく映画に、無限の可能性を予見し、「広さ」も感じる。
 Gapとは「間」のことである。切り取られ、切り捨てられた映像の「間」を想う。タイトル通り、観ればカットの「間」を気にさせる、そんな映画であった。(N・M)

監督:手塚眞
2021年/24分/日本


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