市川靖子(いちかわ・やすこ)
多摩美術大学大学院芸術学専攻修了。
レントゲンヴェルケ勤務の後、ART@AGNESの事務局代表を担当(2006〜09)。
その後、あいちトリエンナーレ(10、16)、アートフェア東京(11〜15)、ヨコハマトリエンナーレ(11)などのプロジェクトで広報事務局を担当。
京都国際写真祭(13〜)、映画『ハーブ&ドロシー 二人からの贈りもの』(13)、国東半島芸術祭(14)、混浴温泉世界(15)で広報を担当。
横浜美術館広報部に在籍した後、「第33回国民文化祭・おおいた2018」の広報ディレクターに就任。
18年3月にアートを専門とするPR会社「株式会社いろいろ」を設立。
「多くの人の幸せ」を願って仕事に臨む
本学科の大学院修士課程を修了後、フリーランスでPRコーディネーターとして活躍してきた。
美術館の広報も経験し、現在は地方自治体のPRも積極的に行っている。
「PRコーディネーター」は、芸術祭などの催しと深いつながりを持つ。しかし担っているのは単なる宣伝には留まらない。アーティストと観客をつなぐ。それが市川靖子さんの考えるこの仕事の神髄である。
本学科の大学院修了後、レントゲンヴェルケという老舗の現代美術ギャラリーのスタッフだった時期が2年ほどあった。その際に東京・神楽坂のアグネスホテルを会場にしたアートフェア「ART@AGNES(以下A@A)」の運営に携わった。ギャラリーを退職後、2007年から09年までの間、事務局代表を引き受けた。隠れ家的な存在だったホテルの宿泊室で多くの現代美術ギャラリーが出展するアートフェアで、今を生きる作家たちが生み落とした無数の作品に時代の息遣いを感じた。
A@Aは日本で初めてホテルを使ったアートフェアだったことから新聞、雑誌、ラジオ、テレビで取り上げられるなど、大きな反響があった。参加したギャラリーのスタッフやアーティストと一緒に仕事をしたことと、ここでプレス関連の人脈が広がったことが、現在の市川さんの仕事の基盤になっている。
その後しばらくの間はフリーランスとして活動していたが、2016年に横浜市の横浜美術館で広報担当の職員を務める。地に足をつけて仕事をするため、より若い世代に広報のノウハウを伝えるため、そして、それまでに得てきたプレス関係者の人脈を活かしたいという明確な理由があった。だが、実際に働き始めるとフリーの時との違いに困惑する。美術館の広報の仕事には制限が多く、人脈も活かせなかったのだ。一方でこんな思いが募った。「生きている作家、生きている人のPRをしたい」。フリーの仕事を再開した。
最近は、地方自治体からのオファーもあり積極的にPRを行っている。昨秋大分県で開催された「国民文化祭/全国障害者芸術・文化祭 おおいた大茶会」もその一つだ。一般市民による文化の発表会を中心に、世界的に著名な美術家アニッシュ・カプーアのメインプロジェクトなど、さまざまなプログラムが大分県内全域で行われた。
市川さんが広報ディレクターとして携わったのは一昨年秋から。いかんせん、「おおいた大茶会」の全国での知名度は低かった。市川さんは、自分の専門だった美術にとらわれずに大分県全体を広くPRすることにした。吉本興業の全国区のタレントを雑誌の特集ページに起用し、大分県の面白さや楽しさを誌面で紹介するなど、美術に関心のある層だけでなく、より多くの人に目を向けてもらえる工夫をし、集客につなげた。
市川さんは、「多くの人が幸せになるように」という気持ちを込めて仕事に臨むという。そのための努力は惜しまない。現地で生じる無数の調整やアーティストとのやり取りから作品の搬出やペンキ塗りにいたるまで、さまざまな仕事をこなす。そこからさらに人との新たなつながりが生まれ、次の仕事へとつながっていくのである。
取材=大谷桃夏、降幡ひかり
文=大谷桃夏
撮影=降幡ひかり
※本記事は『R』(2019)からの転載です。