1984年岐阜県生まれ。
評論家。
多摩美術大学大学院在学中に執筆した修士論文「井上有一作品における書の『現代』――空間、言語および文字」が第1回東野芳明記念・芸術学科優秀修了論文賞受賞。
「久松真一と森田子龍――存在論的深みの書論」で第2回『墨』評論賞準大賞(芸術新聞社)。
慶應義塾大学文学部独文学専攻卒業。
多摩美術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。
著書に『墨痕――書芸術におけるモダニズムの胎動』(森話社)。
戦後の書を現代美術の枠組みで捉える
「書」の世界に引き込まれ、現代芸術の枠組みで戦後の書を研究する栗本高行さん。
それは、一人の前衛書家、井上有一との出会いから始まった。
井上有一の作品と初めて対面したときのことを栗本さんはこう語る。「作品が書としては桁外れに大きく、その線がかなりの面積をとって一本一本が図太い。それを一つの形に収斂させるために、全身を駆使している。注がれている精神も並大抵ではない。さらに作品に残された足跡を見たとき、これはまさしく彼のドキュメントだなと思った」。
多摩美術大学大学院に進学する以前、総合大学で人文学全般を学んでいたが、自分が文字の塊としてアウトプットできる分野が分からず悶々としていた。
そんな折に写真図版の形で目に飛び込んできたのが、井上有一の作品だった。学部2、3年の頃である。同時期に井上の言葉を集めた言説集も手にとり、のちに彼の実物の作品と対面した際、自分にとって相性の良い対象が定まったと感じた。彼の作品に触れたとき思わず溢れてきた自分の言葉が、言説集を読んだときの書き込みや、展覧会の感想を書いたノートに今でも残っているという。
井上有一を書家というよりは、アートシーンを担った作家として、現代美術の枠組みで捉えていたので、現代アートを学問としてのびのびと研究できる本学の大学院を選んだ。
進学後、書雑誌『墨』の評論賞受賞をきっかけに1年間連載をもつ。佐伯祐三の作品に見られる文字に注目した論評では、書の雑誌であるにもかかわらず油彩画が誌面を飾った。
「造形的に面白くするために、書いた文字の下の方をハサミでジョキジョキ切ってしまうこともあれば、逆に文字のはみ出した下敷きの新聞紙ごと作品にしてしまうこともあるんですよ」。栗本さんが、井上有一について語る姿は本当に生き生きとしている。一人の作家との出会いから始まった栗本さんの研究は、次第に同時代の書家に及ぶようになり、博士論文では戦後活躍した書家11人をテーマに取り上げた。
最近は軽井沢ニューアートミュージアムで開催された『井上有一〜日々絶筆・書の前衛アート〜』展のカタログに寄稿するなど、論評の機会に恵まれている。今後も書にとらわれない広い視野で執筆活動を続けていく。
取材=地引朋子、佐藤友梨
文=佐藤友梨
写真=平野里香
※本記事は『R』(2014)からの転載です。