三輪健仁(東京国立近代美術館主任研究員)

三輪健仁(みわ・けんじん)

東京国立近代美術館美術課主任研究員。
1975年生まれ。東京外国語大学外国語学部英米語科卒業後、多摩美術大学大学院美術研究科修士課程・博士後期課程中退。
2002年から現職。これまで企画した主な展覧会、イベントに『ヴィデオを待ちながら—映像、60年代から今日へ』(09)、『14の夕べ』(12)、『Re: play 1972/2015「映像表現’72」展、再演』(15)、『ゴードン・マッタ=クラーク展』(18)がある。

展覧会を一過性の“パフォーマンス”として捉える


多摩美術大学大学院在学中から“記録”と“表現”の関係と向き合い、思考を深めて来た三輪健仁さん。現在は東京国立近代美術館で主任研究員を務めている。展覧会は一過性の“パフォーマンス”だという。美術館での経験が培った独自の視点について語ってもらった。

 2018年に東京国立近代美術館で開催された『ゴードン・マッタ=クラーク展』は、チェーンソーで切断した一軒家をはじめ既存の建築を変容させる行為を、主に1970年代のニューヨークで提示するなどした作家の、アジア初の回顧展だった。また美術における「作品」とアーカイヴ性の高い「資料」の序列を問い直すとともに、閉鎖的な側面を持つ美術館が、いまなお一般社会と接続しうるのかという問題を提起する展示でもあった。
絵画や彫刻の展示を基本としてきた従来の美術館は、一見「静的」で揺るぎがない空間のようにも見える。この企画展を担当した同館主任研究員の三輪健仁さんは、仮設的で、一過性の展覧会が持つ「動的」な特性を使って、美術館の空間や制度に揺さぶりをかけていきたい、と話す。
 三輪さんは東京外国語大学英米語学科を卒業後、学部時代から興味を持っていた美術について学ぼうと、本学の修士課程・博士後期課程で研鑽を積んだ。修士課程では、スイス出身の画家パウル・クレーについて研究をする。特にハイ・アート、ロー・アートの区別を軽々と飛び越えるようなクレーの美術に対する向き合い方に大きな影響を受けたという。また同じ頃興味を持ったのが、1970年前後の美術。展覧会の時代、とも言われるこの時期の美術への関心は、現在固定化しつつある美術館の展覧会という形式を、再び流動化するためのアイデアを考える際に役立っているという。09年に開催した『ヴィデオを待ちながら—映像、60年代から今日へ』や15年開催の『Re: play 1972/2015—「映像表現’72」展、再演』展は、そういった大学時代の関心が展示に結びついたものだ。いずれも70年前後の映像表現を中心的に扱った展覧会だが、「記録と表現」というテーマにフォーカスしたものだという。「この時期のヴィデオやフィルムによる映像作品はしばしば退屈で、表現性の欠如した”単なる”記録というレッテルを貼られることがあった。でも表現性がゼロの記録も、記録性がゼロの表現もあり得ない。記録と表現、あるいは資料と作品は二者択一、二項対立的にあるわけではなくて、問われるべきは、優れた記録性や優れた表現性、だけです」と三輪さんはいう。
 1972年に京都で開催された映像のインスタレーション展を、40数年振りに、会場の空間も含めてまるごと再現するという『Re: play 1972/2015』展では、「展示」を演劇における「再演」になぞらえることで、展覧会の持つ「いま、ここ」という現在性や、動的な「パフォーマンス」としての側面を浮かび上がらせようとしたともいう。
 この「パフォーマンス」へのフォーカスは、2012年に開催した『14の夕べ』という企画に端を発するものだという。「14の夕べ」という催しは、約1,300平米のギャラリーを会場とした連続14日間、総勢16組のアーティストによる日替わりのパフォーマンスイベント。美術、ダンス、音楽、演劇、詩…、毎夕異なるアーティストが、異なる舞台設定でパフォーマンスを行った。各プログラム後はセットをその日のうちに解体し、翌日の午前中には次のセットを準備するという目まぐるしい毎日に追われたという。そして終了後、一年以上かけてこの催しの記録集が制作された。その日、その場限りで消え去る14のパフォーマンスを、書籍上にどう残し得るのか。美術館が“一過性”の出来事をいかに扱うかという問題に向き合い、また“記録”と“表現”のあり方についての考察を深める機会になった思い出深い企画だという。
 現在、三輪さんは同館でコレクションの管理を担当する部署に所属している。この仕事の中で浮上してくるのは「保存」の問題だ。作品を変わることなく安全に保管し、次世代へと継承していくことは、ある意味では展覧会が持つパフォーマンス的な側面とは相反するようにも思われる。展示という動的なパフォーマンスによって美術館を常に活性化すること、そして同時に、モノを残すという美術館の根源的な役割の精度をより一層上げること、日々そんな困難な課題と向き合いながら、美術館のあり方を探っている。

取材・文・撮影(*)=黄夢圓

※本記事は『R』(2019)からの転載です。


『ゴードン・マッタ=クラーク展』(2018年)会場展示風景(*)
『ゴードン・マッタ=クラーク展』(2018年)会場展示風景(*)
『14の夕べ』(2012年)開催前に制作されたチラシ
『14の夕べ』の開催一年後に「記録」として出版された書籍