多摩美術大学芸術学科では、本学科の素顔を見せる雑誌『R』(編集長:小川敦生教授)の記事を電子版で配信いたします!
素直な心で人や作品と向き合い、「愛」をこめて言葉で伝える
ジャーナリストと教授の仕事を両立しながら、
休日はヴァイオリンの修業に没頭、多忙な生活を過ごしている。
小川教授が持つ一貫した哲学とは?
前職の日本経済新聞の記者など長年新聞・雑誌の記者として活躍している小川敦生教授は、アート誌『Whooops!』を制作する「フィールドワーク設計」、『R』誌を制作する「言語メディア」、「音楽と美術」、「芸術と経済」など、ジャーナリストの経験を学生たちに実感させる授業を担当している。今日は、いつもゆったりした雰囲気に包まれている小川教授の生活についてインタビューした。
小川教授の一日のスケジュールは驚くほどびっしりだ。多摩美での授業はもちろん、他の大学で非常勤講師としての授業、社会人向けの講座、『和樂web』『東洋経済オンライン』など4〜5媒体での美術記事の執筆の仕事も並行してこなしている。
二つの仕事の共通点は、「関わる対象が『人』であること」と言う。授業を受ける学生たち、取材先の美術関係者だけでなく、「芸術作品も人間の内面の表れなので人だと思って接している」。さらに、異なる個性を持つ人々に対して常に念頭に置いているのは、「狭小な考え方にできるだけとらわれず、多様な視点でみる」ことだ。
授業では、記者の経験で美術を捉え、知識よりも視点に重点を置く。美術作品と向き合う際には、すでにある視点で見ることよりも、「できるだけ、感性で、絵画作品を音楽のように楽しみ、鑑賞する」。たとえば、「スイス出身の画家パウル・クレーが描いたにょろにょろとした線を、運動の跡として捉えると、生き物のように見えてきます」といった具合だ。
「Whooops!」などの雑誌を作る授業では通常の出版社の仕事の仕組みに基づいて制作の指導をする一方で、学生たちの意見を積極的に授業に取り入れることを大切にしている。たとえば、同誌Vol.30に掲載されたイラストレーターの三好愛さんのインタビュー記事や、付録の「アートすごろく」はすべて学生が提案した企画だった。
言葉を通して読者や学生に一番伝えたいことが何かと尋ねると、「愛を伝えたい」、さらに、「芸術は愛の対象であることを伝えたい」という答えが返ってきた。記事を書く際には、作品の内容をきちんと叙述し、客観性を保って、読者に具体的な情報がわかるように伝えることが大事だ。しかし、そこにとどまらず、書き手自身が作品に対する「愛情を持ってこそ、心のこもった記事が書ける」と語る。
さて、「日曜ヴァイオリニスト」と自称する小川教授の休日の過ごし方は、なんといっても音楽で満たされている。数年前から数十年ぶりに再開したというヴァイオリンの個人レッスンやザ・シンフォニカというオーケストラの練習のほかに、室内楽を楽しむことも多い。音楽の場で重要なのも「愛」だという。名曲の数々を愛し、他の奏者と一緒に弾くことによって、その愛を分かち合うのだ。今後は新しく美術関係の書籍を出版したいと考えているそうだが、愛にあふれた著作の登場が本当に楽しみだ。
取材・撮影・文=洪美棋
小川敦生(芸術学科教授)
(おがわ・あつお)美術ジャーナリスト。1959年福岡県生まれ。東京大学文学部美術学科卒。日経マグロウヒル社(現・日経BP社)入社。週刊『日経エンタテインメント』誌記者としてクラシック音楽と洋楽を担当。その後、月刊『日経アート』誌記者・編集長を経て日本経済新聞社文化部へ 。「美の美 パウル・クレー 色彩と線の交響楽」「美の美 画鬼、河鍋暁斎」「瀬戸内芸術祭 写真で巡る『島とアートと海の旅』」など多くの記事を執筆。2012年本学芸術学科教授に。現在も、日本経済新聞のコラム「美の枠」や音楽之友社のウェブマガジンONTOMOのコラム「“アートな”らくがき帳」、「東洋経済オンライン」等の執筆を続けている。著書に『美術の経済』。国際美術評論家連盟会員。
※本記事は、『R』2023版(2023年3月15日発行予定)に掲載されます。