私の〇〇な本 〜芸学生のための本棚〜

 多摩美術大学芸術学科では、本学科の素顔を見せる雑誌『R』(編集長:小川敦生教授)の記事を電子版で配信いたします!

 芸術学科に通う学生は、作品を作るかどうかにかかわらずまず文章を読み、そして書くことで、考えや表現を深めていく機会が多くある。さまざまなフィールドを持つ芸学生には、それぞれに芸術学を学ぶきっかけになった本、自分の趣味や興味を見つけるきっかけになった本、何かの転機になった本などに出合った、さまざまな読書体験を持っている。そこで、芸術学科の学生に「私の〇〇な本」を取材することで、「本」を通して芸術学科の学生の素顔に近づいてみた。


芸術学科生6人に、以下の質問に回答してもらった。

「私の〇〇な本」
Q1:タイトル・作者
Q2:本の内容
Q3:この本を読んで起きた変化
Q4:今後やりたいこと・挑戦したいこと


「私の芸術観を変えた本」

ジョ カビン(1年)

巌谷國士『封印された星―瀧口修造と日本のアーティストたち』(平凡社、2004/12/1)
②日本で戦後活躍した作家、詩人、アーティストである瀧口修造をはじめとする、シュルレアリスムの流れを汲む日本の32人のアーティストたちのさまざまな仕事と作品を、シュルレアリストである筆者の視点から読み解いたエッセーです。
③この本を通して、瀧口の芸術思想に心を惹かれました。瀧口にとって、作品を作るという行為自体が芸術であり、作家は芸術を生きる存在です。そのため、彼は無意識における芸術の表現を模索し続け、イメージが自発的に形成されるように絵画を制作していました。その画面には、描く作者の「手」の介在をまったく感じさせない美しさをはらんでいます。私はこの本をきっかけに日本のシュルレアリストたちに興味を持つようになり、瀧口のアーカイヴのある多摩美に進学することに決心しました。
④現在は学外の時間を使って本の翻訳を試行していますが、すればするほど語学の魅力を感じてくるのです。今後はより多言語的かつ文化横断的な視点から芸術を研究し続けたいと思っています。

ジョ カビン
出身:中国杭州
一言:好きなことは、頑張る必要がなくても続けると思います。

 


「私の知的好奇心を高めてくれた本」

宮崎真菜(1年)

青柳碧人『浜村渚の計算ノート』(講談社、2011/6/15)
②数学の地位向上のために、天才数学者・高木源一郎を中心に組織されたテロ集団に対抗するために警視庁が探し出したのは、数学好きの中学2年生、浜村渚でした。女子中学生の純粋な数学への愛で次々に起こる難事件を解決していく数学ミステリーです。
③小学2年生の頃、難しい数学用語に頭をひねりながら読んだのが、この本との出合いでした。数学嫌いだった私に浜村渚は、その面白さを教えてくれました。現在は多摩美術大学の学生ですが、1年前に医学部を受験する後押しをしてくれたのもこの本です。
④挑戦したいことがすぐに思いつかないのが、正直な現状です。英語テストのスコア向上や琵琶湖一周、積読を読み切るなど小さいことは思いつきますが。浜村渚が思い出させてくれた純粋な気持ちを大切にしながら目標を見つけることが、今やりたいことです。

宮崎真菜
出身:東京都
一言:多摩美術大学への入学を1月に決めた行き当たりばったりな学生です。真面目であり、不真面目です。


「私の心の友な本」

小堀理乃(2年)

J・D・サリンジャー、野崎孝訳『ライ麦畑でつかまえて』(白水Uブックス、1984/5/20)
②学校を退学になった主人公、ホールデン・コールフィールドは、寄宿舎を出てひとりニューヨークへとはるばる向かう。その過程での出来事や会話の体験には、モラトリアムの期間にあって、子どもにも大人にもなりきれない若者の苦悩がつづられている。小説の中でホールデンは、大人たちを「インチキ野郎」と呼び懐疑している。小説の中で永遠に歳を取らないホールデンと違って、私はいずれ「大人」と言われる存在になっていく。けれども私は、ホールデンのような悩ましい若者を救う大人でありたい。まさにライ麦畑の中のキャッチャーのように。ホールデンの年を越し、大学生になった私に、ふと、私の中のホールデン・コールフィールドはこう問いかける——君は「インチキ野郎」になってやしないか?と。
③『ライ麦畑でつかまえて』は、私が読書好きになったきっかけの本です。家の本棚に置いてあって、有名だからなんとなく題名を聞いたことがあったし、何より青と白のピカソの装画はとても印象的で手に取りやすい。そんな理由もあって、私の読書ライフの最初を飾るべく選ばれたのがこの本でした。
④ありとあらゆる表現形態に挑戦したいです。今挑戦していることは、映画制作の監督とフリーペーパーの編集長。インカレで他大学生と共同で行っており、お互い刺激を受け合っていい作品作りを目指しています。

小堀理乃
出身:東京都
一言:川走、(イブとアダム礼盃亭を過ぎ(く寝る)岸辺から(輪ん曲する)湾へ、(今も度失せぬ)巡り路を媚行し、巡り戻るは(栄地四囲委蛇たる)ホウス城(とその周円。))


「私の背中を押してくれた本」

板本涼花(3年、書物設計・装飾デザイン調査設計所属)

高雄じんぐ『くーねるまるた』(小学館、2013/1/30〜2018/2/33)
②ポルトガルからきたびんぼーで食いしんぼーなマルタさんが、慎ましくいろいろなごはんを楽しむ漫画。全14巻あります。
③この漫画でしていることをしてみようと、挑戦することが増えました。中でも民族的な話が多いため、民俗学について心惹かれました。それを踏まえてゼミを決めることができたと考えています。
④これからは今まで挑戦していなかったいろいろなことに踏み込んでいけたらなと思います。趣味のごはんづくりや写真に加えて、小説やイラスト、民俗学についての知識や経験を増やしていきたいです。

板本涼花
出身:富山
一言:お菓子づくりとカフェめぐりにはまってます。いいところがあったらぜひ教えてください♪


「私の原点である本」

髙瀬晶子(4年、映像文化設計所属)

谷崎潤一郎『陰翳礼讃』(角川ソフィア文庫、2014/9/25)
② 谷崎潤一郎が書いた随筆。西洋では明るいものがよいとされ、日本も西洋文化にならい電灯を取り入れ、夜でも隅々まで見えるようになった。しかし、日本では本来床の間や行灯、漆器といった陰の中に美しさを見る風潮がある、と論じた本。
③ 日本人が生活の中に取り入れ、感じていた美を思い出させてくれるような本。自分の生活においても、世の中の全てを直視していると疲弊してしまうが、自分の視界の範囲で好きなものを見て暮らすのもいいな、と思うようになった。
④ 日本各地の伝統工芸をたくさん見たり、体験したりしたいなと思う。特に漆器は今も日常的に使われながらも、芸術品としての側面も大きいので自分も体験してみたいと思っている。

髙瀬晶子
出身:大分県
一言:黒い服ばかり着ていますが、単なる好みです。


「私のきっかけの本」

島崎亜美(大学院修士課程 芸術学専攻1年)

佐藤雅彦、菅俊一(著)、高橋秀明(イラスト)『行動経済学まんが ヘンテコノミクス』(マガジンハウス、2017/11/16)
②行動経済学(人間の特性や感情による合理的ではない行動と、社会現象と経済活動との関わり)をユーモラスにまとめた本。雑誌の連載漫画、約1年分が掲載されており、加筆もある。
③この本は、行動経済学が気になるきっかけになった。世の中にあふれている工夫や誘導の方法を知り、視点や思考法が増えたように思う。学部の卒論のテーマを検討した際にも、研究テーマには直接つながらなかったが、一つのステップとして大きなきっかけとなった。
④人間の行動とデザインのつながりに興味があり、今後は芸術学だけではなく経済学などの新しい分野を学んでみたい。また現状、デザインという分野はアカデミックなものとしては扱われていない。今後、デザイン史やデザインを芸術学の学問分野へと押し進めることができればと考えている。

島崎亜美
出身:神奈川
一言:最近買ったiPadに「からあげ」と名付けました。


 芸学生の「私の〇〇な本」を見ていく中で、小説や随筆、漫画などさまざまなジャンルの本が集まり、学生の多種多様な興味関心や研究テーマを知ることができた。今回の取材を通して、より芸術学科の素顔に近づくことができたように思う。芸術学科は、いろいろな場所からさまざまな個性が集まり、みんなで大きな本棚を作り上げていると言えるのではないだろうか。

 

取材・撮影・文=町田鈴奈・本島美瑠

 

※本記事は、『R』2023版(2023年3月15日発行予定)に掲載されます。