関次和子(東京都写真美術館学芸員・事業企画課長)

関次和子(せきじ・かずこ)

1966年東京生まれ。
多摩美術大学芸術学科卒業。
民間企業勤務を経て東京都写真美術館勤務。
「生誕100年 ナチュラリスト・田淵行男の世界」(2005年)、「中村征夫 海中2万7000時間の旅」(2006年)、「今森光彦 昆虫 4億年の旅」(2008年)、「田村彰英 夢の光」(2012年)、「黒部と槍 冠松次郎と穂苅三寿雄」(2014年)、「野生の瞬間 華麗なる鳥の世界」(2019年)などの展覧会を企画。
Wildlife Photographers of the Year 2015 (Natural History Museum, London), 5th Singapore International Photography Festival 2016の審査員を務める。

在学中は東野芳明ゼミで企画展運営を学ぶ


写真に関して世界有数のコレクションを誇る東京都写真美術館。
関次和子さんは学芸員として展覧会の企画に携わり、自然写真史、山岳写真史を研究している。
学芸員の醍醐味はどんなところにあるのだろうか。

 日本はキヤノンやニコンなどの大手を筆頭に多くのカメラメーカーを擁するカメラ大国である。会社をリタイアして山歩きを始め、風景写真を撮り始める愛好家がたくさんいるという。風景や動植物などの自然を被写体とした写真は、日常の中でも最も多く目にする写真ではないだろうか。東京都写真美術館で学芸員・事業企画課長を務める関次和子さんは「自然写真は愛好家の多いジャンルではあるが、歴史などを体系的に調査し研究した人物が意外に少ない」と話す。
 その歴史を明らかにしたいと思い、関次さんは日本の自然写真の系譜をたどる研究を始めたそうだ。そして見えてきたのが、「写真は機械で撮るものである以上、シャッターチャンスや天候に左右されることも多い」ということ。コンテストの審査をするときのことなどを振り返ると、「素晴らしい写真が偶然の産物であることもあれば、訓練と観察による賜物であることもある」という。そして、真に人を惹きつける作品はただ美しいだけではなく、「写真家の努力がにじんでいる」という。
 昨年7~9月、同館で開かれた『嶋田忠 野生の瞬間』展は、まさにそのことを体現した事例だった。国際的に評価が高い写真家の嶋田忠さんが国内外の様々な土地で撮った鳥は、どの作品も目をみはる美しさを見せる。たとえば、パプア・ニューギニアの奥地の密林で撮った、フウチョウと呼ばれる美しい鳥の求愛のダンス。羽を傘のように広げて踊る姿はユーモラスでもある。嶋田さんは過去十数回にわたって現地を訪れ、ひたすらシャッターチャンスを待った。そして、それまでベールに包まれていたフウチョウの生態を明らかにしたという。
 2002~03年にかけて開かれた写真展『永遠の蒸気機関車 くろがねの勇者たち』も印象深かったという。蒸気機関車は懐かしいだけでなく、人によって悲しい記憶と結びついていることもある。なぜなら戦時中の輸送手段としても利用されていたからだ。展覧会に訪れた人の声を拾いたいとの思いから、関次さんは展覧会にメッセージノートを用意した。
 来場者のメッセージを読もうとノートを開くと、そこには「子供の頃蒸気機関車に乗中、目の前で空襲に遭って亡くなった弟のことを思い出し涙が止まらない。今のような時代になって本当によかった」との内容が記されていたという。関次さんは来場者の琴線に触れるような展覧会が企画できたことを喜ぶのと同時に、作品を選んで飾るという行為の重みを感じたという。
 関次さんは本学科を卒業後、1年間の民間企業勤務を経て東京都写真美術館でのキャリアを歩んできた。現在は学芸員として展覧会を企画するだけでなく、事業企画課長として同館の企画全体を見渡す仕事もしている。
 「美術館の運営システムは非常に戦略的です」と関次さんは言う。まず学芸員の会議で各人の持ち寄った企画について、調査研究の成果の上に立った内容か、入場者数は目標を達成できそうかなど、質と量の両方を検討する。その後、企画諮問会議で学識経験者等のアドバイスをもらい、館長が最終決定をする。企画のラインナップやバランスを考えて展示全体の計画を進めるのは、課長としての大切な役割なのだそうだ。
 学生時代には、美術評論家として著名だった芸術学科創設時の教授の東野芳明先生のゼミに所属し、展覧会の企画について学んだ。特別授業で、革新的な美術家だった荒川修作さんや日本を代表する建築家の磯崎新さんから話を聞く機会もあった。「非常に刺激的な学生時代でした。特に学生が中心になって企画運営を手がけた現代美術展『TAMA VIVANT』は、今の仕事に就く上でとてもいい経験になりました」という。『TAMA VIVANT』は、現在本学科で運営している『TAMA VIVANT Ⅱ』の前身の企画展だ。出展作家に連絡を取ったり図録を作ったりする実践的な演習は、その頃から本学科の特徴的な授業だったのだ。
 その中で写真家の畠山直哉さんの作品展示を提案し、実現したことがあった。まだ畠山さんが木村伊兵衛写真賞などの賞を受賞する前だったが、作品にはすでに才能があふれ出ていた。展覧会の運営は、一人の大学生の依頼に対して先鋭的な作家が本気になって展覧会をつくり上げてくれる貴重な経験になった。そしてどんな作家に出展してもらうかということの重要性を体に刻みこんだ。「今の時代にこの作家をなぜ選ぶのか、来場者に何を伝えたいのか、どう楽しんでもらうといいのかを、これからも真剣に考えていきたいです」という。学芸員が何をすべきかが凝縮されている言葉である。


取材・文・撮影(*)=井上優

※本記事は『R』(2020)からの転載です。


関次さんが勤務する東京都写真美術館(*)
関次さんが携わった展覧会のカタログの一部(*)
『嶋田忠 野生の瞬間 華麗なる鳥の世界』展の展示風景(撮影=藤澤卓也 提供=東京都写真美術館)