ルーズリーフをまとめた束がいくつも、机の上に積み上げられている。ある一枚には、日付の下に電車で見かけた若者の姿とその手先のクローズアップのスケッチが。その日に食べたピザのパッケージについていたシールを貼った一枚もあった。多摩美術大学絵画学科日本画専攻を首席で卒業後、東京芸術大学の大学院で日本画の研鑽を積む千葉大二郎さんに見せてもらったものだ。制作のための下描きや湧き出てきたアイデアのスケッチもある。一枚一枚が、千葉さんの見た世界、感じた世界を伝える。あまりにたくさんあるので、まるで千葉さんの脳と連結した外部記憶装置のようにさえ映る。
千葉さんを知る人は、ルーズリーフに描く行為を「24時間制作」と呼んでいる。作品を制作している時以外は四六時中何かを記しているからだ。しかし千葉さんは、「作品にするつもりで何かを記録しているわけではない」とも言う。
記録というよりもレゴのカタログ等を一生懸命集めてファイリングしたり、新聞紙から文字・写真を切り取ってカードゲームを作ったりしていた幼少期に培われた収集癖と独占欲と所有欲は、高校1年生の時から、目にした光景を手当たり次第に記録することへと形を変える。その記録は当然のことながら無秩序だ。そのうちに、なんとかまとめる手立てはないものかとの思うようになる。たどり着いたのがルーズリーフだった。普通のノートだと古い記録が手前にあってページをめくるにつれて新しいものになるが、ルーズリーフだと古いものの上に新しいものを重ねられる。いつも一番上に一番新しい物がある。2枚目以降は過去の記録としてまとまっている。それは、千葉さんにとってとても心地よいまとまりになった。日記は過去の記録でありながら、常に今の自分と向き合えるからだろうか。
描かれた内容は、時としてルーズリーフから抜け出て作品のモチーフやテーマになる。大学3年生の時は『癒着』がテーマの絵を描き、ひたすらルーズリーフにある2つ以上のスケッチを混ぜたドローイングをしていた。記録したものを必ずしもそのまま描くわけではないが、テーマを無理に探す必要もなくなる。何とも頼もしい存在だ。「100年後、これらのルーズリーフが運よく残っていたら、今の時代の道端に落ちているものから大きなニュースまでが分かる情報源となり、100年後の人も楽しめるかもれませんね」と千葉さんは話す。
ルーズリーフの束は千葉さん個人の「ビッグデータ」のようなものなのかもしれない、などと思う。千葉さんは今日もまた、ルーズリーフへの記録を続けている。
取材・文・撮影=秀島朱美
「タマガ」とは=多摩美術大学芸術学科フィールドワーク設計ゼミが発行しているWebzine(ウェブマガジン)です。芸術関連のニュース、展覧会評、書評、美術館探訪記、美術家のインタビューなどアートにかかわる様々な記事を掲載します。猫のシンボルマークは、本学グラフィックデザイン学科の椿美沙さんが制作したものです。