山形国際ドキュメンタリー映画祭YIDFF(隔年開催、NPO法人山形国際ドキュメンタリー映画祭主催、山形市共催)は2015年10月8日から15日まで山形市で8日間にわたり開催された。今回が14回目、ドキュメンタリー専門の数少ない映画祭として国際的な注目を集め、応募作品数は1874本、入場者数は24000人を越えた。
メインの部門は「インターナショナル・コンペティション」と「アジア千波万波」だが、ここでは山形美術館を会場に上映された特集「Double Shadow/二重の影—映画が映画を映すとき」から意外性に満ちた2本の映画を取り上げたい。
まず、今回の映画祭でもっとも驚くべき映画だったのはミルコ・ストパーの『ナイトレート・フレームス』(2015)。ナイトレートとはかつての可燃性フィルム、フレーム(flame)は炎のことである。カール・ドライヤーの名作として知られるサイレント映画『裁かるゝジャンヌ』(28)の主役としてノーメイクの顔のアップで映画史に記憶されるファルコネッティ(1892-1946)の知られざる人生を探り、ブエノスアイレスでの謎めいた死に至る足跡を娘エレーヌの証言を含め辿る希有なドキュメンタリーだった。エピソードも豊富で、この映画が当初リリアン・ギッシュ主演で企画されたとか、ローアングルで撮影のため撮影所のあちこちに穴を掘ってカメラ位置を低くしカール”グリュイエール”(穴開きチーズ)と揶揄されたとか、足に鎖をしたまま一日中ジャンヌを座らせたり、わざと苛立たせた、等々。ファルコネッティは億万長者アンリ・ゴルドスタックの後援で役者になり(大衆演劇から一時はコメディ・フランセーズに所属)、のちに彼の遺産で自分の劇場まで持つが、すぐに経営に失敗し、またカジノなどで金を失い、南米へ移住。ブラジルをへてアルゼンチンに落ち着くが、フランス人コミュニティの援助で細々と暮す日々だった。自動車好きでスピード狂だった彼女はかなりエキセントリックな人物だったようだ。ドライヤーとは映画完成後は交流がなかったが、彼女の死を知ったドライヤーはパリ来訪時、真っ先に彼女の墓参りをしたという。
また、映画そのものはマスターネガが火事で焼失しオリジナル完全版も長く失われたままだったが、1981年ノルウェーの精神病院の地下室で奇跡的に発見され(フランス好きのアルネセン博士の個人コレクション)、その後この版が公開されることになったのだった。
こうしたエピソードの一々が、ドラマチックであり、非凡で驚きに満ちたものであり、つくづく『裁かるゝジャンヌ』はただの映画ではないと思わされた作品だった。
もう一本、この特集で印象に残ったのがオスカー・アレグリアの『エマク・バキアを探して』(2012)だった。写真家マン・レイが1926年ビアリッツで撮ったとされるアヴァンギャルド映画『エマク・バキア』。バスク地方では家に名前をつけるそうで、エマク・バキアという異教的タイトルも家の名で、意味は「ほっといてくれ!」「うるさい」といったものらしい。作者はたまたま興味を持ったこの映画の撮影場所をビアリッツで探し始めるが簡単に見つからず、別の話題に逸脱したり迂回しながら、地元の前衛芸術家グループや前衛映画専門家(パトリック・ド・アースやジャン=ミシェル・ブウール)に会ったり、モンパルナスのマン・レイ夫妻の墓地に置かれたCDからアメリカ人音楽家に連絡を取ったりする。やがて海岸線の類似からビアリッツ近郊ビダールにその邸宅が現存することを突き止める。
そこはナチス占領時代は監視所に使われ(撤退時にドアノブや飾りなどをたくさん持ち去ったという)、今はソカタという航空機工場の労働者保養所となっている。しばらく前に作者のように古い写真を手に訪ねた老女がいたとのことで、調べていくとフランクフルト在住の元ルーマニア王女マリア・デスピナ・ザ・サイア=ヴィトゲンシュタインという92歳の人物(ナボコフのいとこらしい)と判明。この老婦人と連絡を取りエマク・バキア館に招いて、子供時代の別荘の思い出を聞いたり撮影をする。設計したのはルーマニア人建築家サンドロ・ミクレシウだったそうだ。
楽しい連想ゲームのようなこの探索のラストは、失われたEMAK/BAKIAという名前を石版に刻み、現所有者の許可を得て建物と門の元あった場所につけ直すという儀式だった。冒頭とラストの、空と海を逆さに映したカットも印象的だった。
文=西嶋憲生
『ナイトレート・フレームス』Nitrate Flames(アルゼンチン=ノルウェー/2014/63分)
監督・脚本ミルコ・ストパー/撮影ディエゴ・ポレリ/編集トルケル・ユルヴ/音楽サンティアゴ・ペドロンチーノ
『エマク・バキアを探して』Emak Bakia Baita/The Search for Emak Bakia(スペイン/2012/83分)
監督・脚本・撮影・編集・製作オスカー・アレグリア/音楽ムルセゴ、エマク・バキア、リチャード・グリフィスほか/音響アベル・エルナンデス