東京国際映画祭2016レポート〜テディ・スリアアトマジャを中心に 〜

2016年の東京国際映画祭TIFF(第29回)は、10月25日から11月3日まで六本木ヒルズを主会場に10日間にわたり開催された。

世界中の映画が上映されるなかで、アジア映画は「アジアの未来(Asian Future)」や「ワールド・フォーカス」部門で数多く上映され、とくに後者では7月4日に急逝したイランのアッバス・キアロスタミ追悼企画や来年没後10年となる台湾のエドワード・ヤンの滅多に上映されない『クーリンチェ少年殺人事件』のデジタル・リマスター版上映(4時間版)などスペシャル上映があり、ほかにもシンガポールの新人ブー・ユンファンの『見習い』なども印象的だった。死刑囚を父に持つ新人刑務官が死刑執行に関わっていく過程を個人的・社会的に描く力作だった。「コンペティション」部門で見たフィリピンのジュン・ロブレス・ラナ監督『ダイ・ビューティフル』も魅力的で、美女コンテストを渡り歩くトランスジェンダーの主人公たちを描く悲喜劇的作品だったが、フィリピンのLGBTカルチャーに大きな影響を与えたといわれるジェニファー・ラウデ(ラウディ)殺害事件からインスパイアされたストーリーだという。主役トリシャを妖艶に演じたパオロ・パレステロスが最優秀男優賞を受賞するとともに、作品が観客賞を受賞したのも頷ける。

そうしたなかで国際交流基金アジアセンターpresentsとして開催された「Crosscut Asia」部門は今回「カラフル!インドネシア」をテーマに充実した特集上映を行なった。インドネシア建国直後の現実を描いた名作『外出禁止令のあとで』(54年、ウスマル・イスマイル)のデジタル修復版から、女性監督モーリー・スリヤのミステリアスで悪夢的な『フィクション。』(08年)、偏屈で天才肌のバリスタとその仲間を描く軽快でモダンな『珈琲哲学』(15年、アンガ・ドゥイマス・サソンコ)などまで、社会の現実からドラマをオリジナルに紡ぎ出す力が時代を超えてどの作品からも感じられた。

なかでも、「親密さについての3部作」(Trilogy about Intimacy)が全作上映されたテディ・スリアアトマジャ(1975年東京生まれ)は注目に値する監督だった。幼少期に別れたままの父親と15年ぶりに娘が再会すると父は男娼だったという『ラブリー・マン』(11)、敬虔なイスラム教徒だが性欲が強い運転手が同じアパートの娼婦を愛し救おうとする悲劇『タクシードライバー日誌』(13)、裕福で孤独な老婦人と手伝いの若者の秘められた愛を描く『アバウト・ア・ウーマン』(14)。3作ともどこか倒錯した人間関係と愛情が社会的現実のなかでディテール豊かに描かれている。

なかでも第一作の『ラブリー・マン』は、父サイフルに会うためジャカルタに出てきた清楚なムスリムの娘チャリヤが、苦労の末やっと父を探し出し再会すると父は女装して男娼をしていたという衝撃的で極端な設定である。ヤクザの金を盗んで性転換手術をしようとする父と、敬虔なイスラム教徒だが未婚で妊娠し不安のなかにいる娘との距離は、果てしなく遠い。とうてい親子に見えない不思議な組み合わせの二人が、深夜の町を歩きながら話したり拒絶したりする姿のリアリティは何とも独特なものだが、この設定は監督自身がある夜、車からたまたま見かけた光景(派手な身なりの女装の男が少女と舗道に座っていた)から着想されたものだという。

一面的な世界観や常識を覆して人間の本質や本能を覗こうとするテディ・スリアアトマジャの世界は、インディペンデント・スピリット(作家魂)を強く感じさせる。つねに世界の表と裏、純粋と汚濁の両面を、独自の光と影のコントラストで描き出そうとする気迫があふれた世界だった。

文=西嶋憲生

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(c)Karuna Pictures

『ラブリー・マン』Lovely Man(インドネシア/2011/76分)監督・脚本・製作テディ・スリアアトマジャ/撮影イチャル・タンジュン/出演ドニー・ダマラ、ライハアヌン・スリアアトマジャ、ヤユ・アウ・ウンル