「タマガ」とは/本学科フィールドワーク設計ゼミが発行しているウェブマガジンです。芸術関連のニュース、展覧会評、書評、美術館探訪記、美術家のインタビューなどアートにかかわる様々な記事を掲載します。
「小学生のときから美術館に出品している作家なんです」
東京・六本木の国立新美術館で始まった「ここから -アート・デザイン・障害を考える3日間-」展に出品された、歯の細かい櫛のような作品の前で、同展の全体監修をした美術評論家の前山裕司さんはこんな話を交えて作家と作品の解説をしてくれた。仮に櫛だとすると櫛の歯の1本1本の太さは1ミリをはるかに下回りそうだ。細かな縮れ毛が柄からどっさり生えているようでもある。作業の細かさ、正確な道具さばきが必要なことを想像すると、気が遠くなりそうだ。
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藤岡祐機さんの作品の展示風景。ごく普通のはさみでチラシなどの紙を切って作る
作者の藤岡祐機さんは熊本県に住んでおり、夜になると自宅でチラシなどの紙を切ったり色付けをしたりして、作品を制作しているという。使っているのは、ごく普通のハサミ。手技の成果である。今年4月の熊本地震発生後は一時制作ができなくなったが、その後再開したそうだ。制作する行為に、作家としての確固たるアイデンティティーを持っている。
この展覧会は「アート」「デザイン」「ライフ」をキーワードにした3部構成。それぞれ「ここからはじめるART」「ここからつながるDESIGN」「ここからひろがるLIFE」というテーマがついている。
藤岡さんが出品していたのは、障害者が制作した作品を集めた「アート」の部だ。ここには、楽譜をただ模写しただけなのにそれがまるでアバンギャルドなデッサンのような独創的な絵画作品になった西岡弘治さん、「ドラえもん」などのテレビ番組の印象を抽象的なドローイングにする齋藤裕一さん、イタリアのベネチア・ビエンナーレに出品してすでに世界でも評価されている澤田真一さんの野趣に富んだ彫刻作品などが並ぶ。
前山さんは、「美術関係者でさえ驚くような独創的な表現をする作家がたくさんいる」と話す。障害者の作品ゆえ注目するのではなく、すぐれた作品を生み出すアーティストの中に障害者がたくさんいる、という見方だ。
「デザイン」の部で展示されたのは、義手義足や競技用の車椅子など、研究所や企業が開発している障害者向けの器具だ。リオデジャネイロ・パラリンピックの閉会式のパフォーマンスで義手義足が注目を浴びたのは記憶に新しい。
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リオデジャネイロ・パラリンピックに走り幅跳びで出場した高桑早生選手の義足を制作年代ごとに並べた展示。この展覧会で企画アドバイザーを務めている山中俊治さんが「美しい義足」として8年前に開発を始めた
驚いたのは、美が実現した理由が、本物の手足に似せることを目指した手法ではなかったことだ。この展覧会の企画アドバイザーの一人である山中俊治東京大学生産技術研究所教授は、2008年に当時在籍していた慶應義塾大学で「美しい義足」プロジェクトを始めた。
「義足はそれまで誰も〝デザイン〟をしていなかった」
こう話す山中さんは、機能的にすぐれ、人の体に調和するものができるよう探求する。そしてできたのが、「人の足には似ていないが、ラインは似ている」義足だ。「美しいくつを履いているような印象を持ってもらえる」という。
山中さんが開発を手掛けたという、リオデジャネイロ・パラリンピック走り幅跳びの高桑早生選手の義足が、制作年ごとに並べて展示されていた。美しく進化していく様子が分かる。そして見えてきたのは、障害者をかわいそうとは思わせなくする力が義足の〝美〟にあることである。山中さんが紹介してくれた「この義足をつけるようになって、周囲の人たちが義足のことを話題にするようになった」という高岡選手の言葉がそのことを物語っている。
障害者アートをデザインに使ったたくさんの商品を展示する「ライフ」の部の企画アドバイザーは、女優の東ちづるさんだ。この部門には衣服、ネクタイ、雑貨などさまざまな商品が展示されている。1点、上から吊り下げられ、中から照らし出した光が極めて美しい色彩を周囲に放つワンピースがあった。《ももももワンピ》と名付けられたこの作品、実はアート部門にも出品されていた齋藤裕一さんのドローイング絵画をもとにデザインしたものだという。
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ビームスの制作で展示した《ももももワンピ》は、「ART」の部で展示した齋藤裕一さんが描いた《ドラえもん》をモチーフにしたという
制作したのはファッションブランドのビームス。同社の工場で東さんはデザイナーから「たくさんの障害者の作品からは、公平に選ばなければいけませんか」と問われ、「違います。福祉なら公平であることが必要ですが、ここではテキスタイルデザインとして通用する作品をプロとして選んでください」と答えたという。障害者はさまざまな才能を持っている。その才能を社会の中で生かすには、市場原理に耐える必要がある。東さんの言葉は、ここには市場原理に耐えられるだけのたくさんのすぐれた才能があるということをにじませていた。
障害者が、実は才能豊かな存在であることが、この展覧会からはよくわかる。しかし、日本では障害者を健常者とは違う学校に通わせているような現状も、見直すべきこととして指摘する声もある。少なくとも才能を発掘して社会の中で生かすシステムが整っていけば、むしろ社会全体が豊かになるのではないだろうか。
取材・撮影・文=小川敦生
展覧会情報:
「ここから -アート・デザイン・障害を考える3日間-」
2016年10月21~23日、国立新美術館(東京・六本木)
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「ART」の部に出品した水村英喜さんの作品の展示風景。自分の部屋の中に作った「都市」だ。前山さんによると「一度できた作品を壊し、また作り直している」という。水村には〝完成〟という概念がないのかもしれない。美術の専門家にも新鮮な考え方だ
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女優の東ちづるさんは、この展覧会の企画アドバイザー。「ここからひろがるLIFE」のエリアの展示を担当している