【タマガ見聞記】紙の世界を旅する


「タマガ」とは/本学科フィールドワーク設計ゼミが発行しているウェブマガジンです。芸術関連のニュース、展覧会評、書評、美術館探訪記、美術家のインタビューなどアートにかかわる様々な記事を掲載します。

 東京・北区の「紙の博物館」は、紙の百科事典のような存在だ。しかも、実物を見せてくれたり、ものによっては触らせてもらえたりする。驚くほど美しい紙や、紙には見えない紙もある。4つの展示室を歩き、普段何気なく触れている紙の知られざる特徴や姿に触れることができた。

第3展示室より、中国、エジプト、西洋の手漉き紙以前の書写材料

第3展示室より、中国、エジプト、西洋の手漉き紙以前の書写材料

 1月下旬、東京・北区の「紙の博物館」を訪れた。文明の発達を大きく支えてきた紙について、古今東西の歴史・地理を踏まえて幅広く資料を収集、保存、展示している博物館だ。同館はJR王子駅に隣接した公園の中にあり、宿題で自由研究などをする子どもを連れた家族客などが訪ねるにもいい立地である。展示室は4つ。製紙産業の現在を見せる第1展示室、小学生向けに紙に関する基礎知識を解説する第2展示室、紙の歴史について伝える第3展示室、企画展を開く企画展示室の4つの部屋で、多様な視点から紙のさまざまな側面を眺めることができる。

紙の素材を分かるようにした展示

紙の素材を分かるようにした展示

 第1展示室で公開されている現在の製紙産業における紙の原料や製造工程などをふむふむと感心しながら見歩いた後にはっとさせられたのは、第2展示室の小学生向けの展示だった。紙の原料は洋紙ならパルプ、和紙ならこうぞやみつまたと覚えていた常識をここでくつがえされる。「繊維」は木、草、野菜などの植物に含まれているものであり、どの植物の繊維でも紙を作ることができることが分かったからである。植物の種類によって繊維の長さや太さは違う。それが紙の性質を決定するという。繊維が細ければきめ細かで均質な紙ができるし、太い繊維を用いた紙は独特の風合いを持つ。繊維の形を顕微鏡で観察することができたり、直接手に触りながらその違いを感じられたりと、展示の仕方にも工夫があり、普段家や学校で触る時とは違った紙体験ができた。子ども向けの展示もまったく侮れないものである。

展示されている料紙の数々

展示されている料紙の数々

 紙の歴史が分かる第3展示室で特に目を引いたのは、装飾料紙だった。型文様や雲母摺りなどによって美しさを演出した料紙を写経の巻物などで使うのは平安の貴族文化のたまものと想像するが、金銀の箔を散らした料紙などが奈良時代からすでに存在したという。「料紙」を用いた歌集、絵巻物のには国宝や重要文化財に指定されているものも多く、単に文字を書いたり絵を描いたりする媒体としての役割にはとどまらなかった紙のありようがよく分かった。

 洋の東西をまたぐ驚くべき和紙も展示されていた。「金唐革紙」である。ヨーロッパで宮殿などの壁装に用いられていた「金唐革」は、江戸時代にオランダを通じて日本にもたらされる。それをもとに和紙職人の手によって生まれたのが、1684年に伊勢で作られた擬革紙「金唐革紙」だ。和紙に油を塗ることで、革の風合いを出したようだ。さらにその技術をもとにして1872年、東京で壁装用の「金唐革紙」が生まれる。翌年のウィーン万国博覧会にも出品され、1880年には油を使わない金唐革紙が輸出される。イギリスのバッキンガム宮殿などでも用いられたというから、さらに驚かされる。

金唐革紙で制作した上田尚作《狩人》

金唐革紙で制作した上田尚作《狩人》

 もっとも、昭和中期にはいったんその製作技術が途絶える。現代の職人、上田尚さんが『狩人』という作品名で再現したのが、同館で展示されている金唐革紙だ。見ただけでは紙だとは分からない。その精巧な技術には、多くの西洋人がうなったことだろう。

山鹿灯籠の《熊本城》

山鹿灯籠の《熊本城》

 第4展示室で開かれていた企画展『紙で旅するニッポン〜九州・中国編〜』で思わず足を止めたのは、精緻な紙工芸品として知られる熊本県の山鹿灯籠(やまがとうろう)の技術で作られた『熊本城』。木、竹、針金などを一切に使わず、強靭な手漉き紙とのりだけで作られているというが、間近で見ても、紙かどうかを何度も確認するほどだった。現在の日本では、和紙といえば福井や高知などの地名が思い浮かぶが、やはり地域ごとに紙文化が存在していたのだ。全国で紙の供給の均質化が進む現代では、忘れられていることなのかもしれない。

 

取材・文・写真=ド・ソルヒ

顕微鏡でみた紙の繊維

顕微鏡でみた紙の繊維

 

第2展示室より。繊維を観察できる

第2展示室より。繊維を観察できる

 

「紙漉重宝記」に記録されていた製紙の工程を紙人形で表現した展示

「紙漉重宝記」に記録されていた製紙の工程を紙人形で表現した展示

 

企画展示室より

企画展示室より

 

 

「紙の博物館」の入口風景

「紙の博物館」の入口風景

「紙の博物館」
〒114-0002 東京都北区王子1-1-3(飛鳥山公園内)
TEL/03-3916-2320
開館時間/10:00~17:00(最終入館16:30)
休館日/月曜日(祝日の場合は開館)、祝日の翌日、年末年始