ヤマトロジスティクス株式会社美術品輸送カンパニー東京美術品支店勤務。
2009年ヤマトロジスティクス入社後、個人から美術館・博物館の展覧会まで多数の美術輸送の現場で活躍する。
これまでに『トーキョーワンダーウォール』(東京都現代美術館)、『杉本博司 趣味と芸術―味占郷/今昔三部作』(千葉市美術館)などを手掛ける。
展示の手伝いが人生の道筋を変えた
運送会社の中でも特殊な、美術作品の輸送を専門に行う部署に所属している杉山哲司さん。
多くの展覧会は、美術品輸送なくして成り立たない。
美術輸送のスペシャリストとして活躍する杉山さんの原点は、本学芸術学科で過ごした学生時代の経験にあった。
美術品輸送の仕事場はさまざまだ。国公立、私立の美術館から博物館、時には文学館の仕事も請け負うという。ヤマトロジスティクスで美術品輸送に携わる杉山哲司さんは昨年秋、千葉市美術館で開かれた『杉本博司 趣味と芸術―味占郷/今昔三部作』展の作品輸送を担当した。4日間の搬入期間のうちに、展示のための作品設置を終える必要があった。ただ梱包と輸送をするだけでなく、設置までが杉山さんの仕事なのである。
杉本博司は現代美術家として知られており、古美術と自作を組み合わせたインスタレーション(展示の場との関係を重視した仮設展示)作品や文楽の独自演出など表現のかたちは多岐にわたるが、「海景」シリーズなどその名を世界に知らしめた代表作は写真である。この展覧会でも、「海景」シリーズや「劇場」シリーズなどの写真作品が16点展示された。一方、それらは「写真」という言葉からは想像がつかないほど大きく、たとえば「海景」シリーズの1点は、縦が120センチ、横は150センチもある超大判のプリントだった。さらに、フレームに鉛を用いているため、1点について80キロもの重さがあった。4日間の搬入展示期間のうち、写真作品は1日で設置まで終えなければならなかった。万が一展示中に壁から外れて来場客に倒れかかるようなことがあれば、大怪我をしかねない。一つひとつの作品に細心の注意を配りながら作業を進める必要があった。
そこで今回は、平面作品の展示作業では通常使用することのないリフターで作品を設置した。作品の重さだけではなく額のつくりや仕様によって作業の仕方を変える必要もでてくるという。また会場によって壁のつくりが違う。現場では、たくさんの会場で培った技術と知識が生きるのである。
ここまでの話で分かるのは、杉山さんが美術品を扱うプロフェッショナルであることだろう。
「自分は作っていないのに作品に関わっていく変な感覚。それが楽しかったんです」
杉山さんは、現在の仕事に就くことになったきっかけを振り返りながらこう語る。杉山さんの美術品輸送に対する興味が生まれたのは本学芸術学科在学時。「暇だったから」という単純な理由から、2006年に本学科の海老塚耕一教授が開いた『water and wind』展の展示の手伝いを始めた。そんな些細なことが、やがて人生の道筋を変える。
展示の際には、必然的に美術作品と向き合うことになる。配置をすると、それまで何もなかった空間に生が与えられるような経験をする。杉山さんにとって、展示の場を作り上げていく作業で得た感覚はとても新鮮だった。何度か手伝いを重ねた。そのうちに美術品輸送に携わる職業の存在を知った。
杉山さんはヤマトロジスティクス東京美術品支店で法人のクライアントを受け持つ部署に在籍している。主な仕事は美術館や新聞社の企画した展覧会の美術品輸送だ。2年前までは美術公募展や個人の美術品輸送を対象とした部署に所属していた。美術品輸送と聞くと作品を梱包してトラックなどで運び、現場で開けるだけだと思うかもしれない。だが、実際の業務内容は多岐にわたる。はじめに展覧会の主催者からどんな作品をどこから輸送するかといったことを記載した展示内容の仕様書を受け取り、そのためにかかる費用を提示する。成約した場合は、作業を実行するための詳細な計画をクライアントと打ち合わせる。美術品といっても小さな版画、大きな油彩画、重いブロンズ彫刻、扱いに細心の注意を要する文化財の仏像などさまざまなものがあり、それぞれに気をつけておくべきことがある。時には展覧会の計画の段階から関わることもあるという。どのような展示の方法がふさわしいかなどについては、美術品輸送数10年のベテランになるとクライアントより詳しい場合もあるからだ。輸送以外のスキルも多く身につけているのである。
展覧会終了後の作品撤去や解体作業も杉山さんの重要な仕事だ。東京ステーションギャラリーで昨年11月に開かれた『駅の美術館で楽しむ10日間』の撤去作業を取材した。今回運び出したのは、東京駅の時代別模型3点。高さが異なるため、収める木箱もそれぞれに合わせてヤマトロジスティクスが作った。赤煉瓦の展示室が特徴的な同ギャラリーは、国の重要文化財に指定されている東京駅丸の内駅舎にあり、作業に当たっては作品だけでなく建造物に対しても細心の注意を払わなければならない。
杉山さんは美術品輸送の仕事をサービス業と捉えている。「発注者の信頼をどこまで得られるかが大事なんです。安全に確実に作品を運ぶ、これが美術品輸送の仕事の絶対条件としてある。作品を信頼して任せられる業者だとお客様に認識してもらわないといけない。信頼を得ることで、目の前の仕事がさらに次の仕事に繋がるんです」。
知識、技術そして経験が求められる美術品輸送。「展示が終わったあと学芸員などの発注者から『無事展覧会が出来ました』と感謝されるととてもうれしい」と語る杉山さんの晴れやかな表情が印象に残った。
取材・文=長田詩織
撮影=櫻井千夏
※本記事は『R』(2016)からの転載です。