東京・銀座のヴァニラ画廊でシリアルキラー展が開かれている。歴史的な凶悪犯罪者である彼らが残した品々から、いったい何を感じ取ることができるだろうか。
「シリアルキラー」とは殺人鬼のこと。同じ人間だとは分かっていても、絵画を描くことについ違和感を覚えてしまう彼らの作品を純粋な気持ちで鑑賞するのは、実はとても難しい。今回ヴァニラ画廊で開催されている『シリアルキラー展』には、彼らが描いた作品、手紙やセルフポートレート、身に着けていた衣類や小物など、実に様々な種類の資料が展示されている。個性的なドクロや斬首した人間の頭部をつかんだような内容が描かれている一方で、裸体の男女の肖像画やディズニーのキャラクターのようなモチーフの素描画などちょっと見には犯罪や狂気を感じさせない絵がかけられており、その表現の多様さには目を見張らざるをえなかった。
非現実的な事件は、いつの時代も人々の関心事である。とりわけシリアルキラーに関するニュースはひときわ異彩を放つすごみがある。“事実は小説よりも奇なり”という言葉があるが、彼らの人生もまた、時にファンタジーを超えるような壮絶なものだった。小説は人の想像力によって書かれる。同じように、彼らも想像力の単なる実行者にすぎなかったのではないか。実際、映画『羊たちの沈黙』のバッファロー・ビルや、映画『IT』のペニーワイズなど、実在するシリアルキラーの人物像や行動にインスピレーションを受けたとされるキャラクターは数知れない。
さて、順路に従い展示室に入ろうとしてすぐ左手を見ると、あいさつ代わりと言わんばかりに楽しそうに微笑むピエロの絵が迎えてくれた。33人もの男性を殺害したというジョン・ウェイン・ゲイシーの描いたものだ。彼なくしてはシリアルキラーの絵画は語れないと言えるほど有名な人物である。この絵を見た瞬間、「もう引き返せないな」と感じた。
画集などで知っていた有名な絵画に美術館で実際に接したとき、風格に驚くことがある。ゲイシーの作品は、段違いだった。以前、インターネットなどでシリアルキラーの絵を見たことがあった。その時との感動のギャップがあまりに大きいのだ。しかも、その感動は明らかにネガティブな方向へと向かう。以前、画廊のスタッフから「負のパワーがすごい」と聞いていたが、まさにその通りだった。絵を見て心の底から恐ろしいと思ったのは初めてだ。とはいっても彼らは画家ではなくシリアルキラーである。いや、シリアルキラーだったからこそ、ここまで心を揺さぶられたのだろう。しかし、そこがまさに彼らの作品の難しいところでもあるのだ。
本来、純粋に作品を鑑賞しようとする時に、作家が込めた想いを読み解こうとする努力はしても、実際にその作家の人物像を作品に投影して見るべきではない。先入観が見方をゆがめることがあるからだ。だが、もしその作家がシリアルキラーだったらどうだろうか。もはやその作品は、作家の人物像とは分けることができないほど〝汚染〟されてしまう。鑑賞者が心掛けるべきなのは、作品から、あふれ出てくるかに見える狂気に圧倒されないようにすることだ。確かに、彼らの作品を含めた資料を見れば見るほど、リアリティや生々しさから、彼らと直接つながるような感じがしてゾッとするだろう。しかし、だからこそ、そこに感じられる特殊なパワーにひるむことなく、観察し続けるべきなのだ。
殺人という経験が彼らの創造性を引き出した可能性はあるだろう。しかし、もしかしたらそこに、中学生のノートの落書きのような、普遍的な価値を見出せるかもしれない。大切なのは、やはり、常に冷静な目でそこにある物を探ってみることだ。
取材・文=槙山亮
【展覧会情報】
『特別展示HNコレクション シリアルキラー展』
2016年6月9日~7月10日、ヴァニラ画廊(東京・銀座)
「タマガ」とは: 多摩美術大学芸術学科フィールドワーク設計ゼミが発行しているWebzine(ウェブマガジン)です。芸術関連のニュース、展覧会評、書評、美術館探訪記、美術家のインタビューなどアートにかかわる様々な記事を掲載します。猫のシンボルマーク「タマガネコ」は、本学グラフィックデザイン学科卒業生の椿美沙さんが制作したものです。