多摩美術大学芸術学科では、本学科の素顔を見せる雑誌『R』(編集長:小川敦生教授)の記事を電子版で配信いたします!
美術史の研究は非常にクリエイティブな活動
理系から美術史の世界に転身、
ヨーロッパのロマネスク芸術の研究に没頭する。
多忙な日々を過ごしながら、「寺ヨガ」などで心にゆとりを。
金沢百枝教授の担当する「東西デザイン史」や「ユーロ=アジア美術文明論」「装飾芸術のネットワーク論」などの授業では、中世ヨーロッパで特異な意匠を生み出したロマネスク芸術などを中心に、さまざまな学びを得ることができる。3、4年生が履修できる「装飾デザイン調査設計」ゼミでは、西洋近代以前の絵画技法(モザイク、フレスコ、テンペラ画など)の実習のほか、現代のブックデザイン、工芸や民藝をテーマに、羊皮紙製作者、カリグラファーなどの専門家を招き、実際にものに触れながら芸術について学んでいく。
金沢教授は、生物学で博士号を取得したのちに、文系の大学院に転院し、美術史でも博士号を取得した。もともと美術が好きで美術大学への進学も考えていたが、当初は美術史の研究はクリエイティブな活動ではないと誤解し、理系の道を志す。理学の博士号を取得した後に美術史へ転向したのは、大きな考え方の変化があったからだという。
美術史を研究することは、ただ歴史をたどり、過去を振り返ることではない。人文学的なものの見方は、その対象を自分や社会の一部として捉え、考えていくことが最も重要となる。昔のものを自分がどのような視点で見るのか?という思考が大切であり、その視点のありようから新しいものが生まれる。そうした点から、美術史の研究は非常にクリエイティブな活動であると気づき、改めて美術の道へ足を踏み入れたのだという。
そして取り組んだのが、ヨーロッパのロマネスク美術の研究だ。英国、フランス、イタリアなどのヨーロッパの田舎町を、コロナ禍の前はほぼ毎年訪ねて調査した。古代ギリシャ・ローマとイタリア・ルネサンスのはざまの時代のヨーロッパ美術史の研究にはまだこれからという部分も多く、当時創建された教会などを訪ねて古びた味わいの建築や時にかわいらしささえ表現された彫刻を巡った。コロナ禍で海外に行けなくなってからは、過去に撮りためた写真などをもとに研究を進めている。最近は「中世における笑い」に注目しており、絵画に登場する「怖いはずなのになぜかへなちょこな悪魔」などについて調査をしているという。
ところで金沢教授は、どんな休日を過ごしているのだろうか。「休日はなくて、毎日締切りに追われています」
雑誌や新聞への寄稿、研究のための文献の閲読や翻訳作業に忙しい日々が目に浮かぶ。そんな中でも、合間に展覧会や映画館、能の舞台などに足を運ぶという。「能楽は、言葉や音楽、踊りが融合された芸術であり、他の芸術にはない独自の魅力がある」。
週に3日ほどヨガをしており、お寺でヨガをする「寺ヨガ」にも参加している。日常の慌ただしさから離れ、ゆったりと過ごす時間を持つことは、どんなに多忙でも大切なのだろう。
2020年4月に本学に着任して2年。本学科の学生に対する印象は、「興味が多様で、自主的に動いている様子が頼もしい」。教員は、学生と話をすることでフィードバックをもらえる恵まれた職業であることを実感しているという。金沢教授自身の、独自の視点や発想から、学生も多くの物事を学ぶことができるのではないだろうか。
取材・文=町田鈴奈
金沢百枝(芸術学科教授)
(かなざわ・ももえ)1968年東京都生まれ。東京大学大学院理学研究科博士課程終了。美術史家。主にロマネスク美術を研究。2020年より多摩美術大学美術学部芸術学科教授。著書に『ロマネスクの宇宙 ジローナの〈天地創造の刺繍布〉を読む』(東京大学出版会)、『ロマネスク美術革命』(新潮社)、『イタリア古寺巡礼』シリーズ(新潮社)など。
※本記事は、『R』2023版(2023年3月15日発行予定)に掲載されます。