授業探見〜身体文化論

多摩美術大学芸術学科では、本学科の素顔を見せる雑誌『R』(編集長:小川敦生教授)の記事を電子版で配信いたします!

授業名:身体文化論

担当教員:高橋宏幸(芸術学科非常勤講師)

 

一般社会における「身体」の位置づけを探る

演劇やダンスなどの舞台芸術を「身体性」で捉えるのが
高橋宏幸先生の「身体文化論」だ。
思考は一般社会の中における「身体性」におよぶ。
それはスマホに支配されたかに見える。
現代の世の中でもまだ生きているという。


  演劇評論家の高橋宏幸先生が本学科で「身体文化論」を担当しているのは、2020年度からだ。演劇やダンスなど人間のパフォーマンスが大きく表現される舞台芸術においては、特に「身体性」ということを意識して鑑賞することで、受け止め方に深まりを得られる。高橋先生の授業を受けていると、身体表現のさまざまな側面に目を向けることができるようになる。

 映像講義形式の身体文化論において、学生たちは年代を超えた世界中のさまざまなパフォーマーや舞台作品に出合う。2022年度の初回の授業では暗黒舞踏というテーマで大駱駝艦の『裸の夏 The Naked Summer』という映像作品を鑑賞した。「もし不快に思う人がいたら速やかに退出してください。自由なので」という高橋先生のドキッと驚かせる一言と共に始まり、学生たちは興味津々で映像を見始めた。学生たちは舞踏と歴史のつながりをこの作品から学んだようだった。

フリーマガジン『座・高円寺』に掲載されている高橋先生の記事

 授業の最たる特徴は、何といっても、教員と学生との距離が近く、自然に対話ができることだ。高橋先生は「このパフォーマー知っている?」「この舞台見に行ったことある?」「みんなはどんな作品を見るの?」など、適所で問いかけ・語りかけをしていた。このような相互性による学びの体験は非常に貴重である。

 岐阜県出身の高橋先生は、大阪で過ごした大学時代に批評の研究をしていた。特に学部生の頃は映画分野が対象だった。その当時は単館上映に行ったり、ゼミの先生からビデオを借りたりするなど「1日1本映画を見る」と決め、ひたすら鑑賞体験を積み重ねていたという。その頃、『アンダーグラウンド』や『旅芸人の記録』など今も語り継がれているような名作がたくさん上映されていたと聞く。

 「批評というのは、思想のようにあらゆるものを対象にするのだと思っていました」

 高橋先生は学生時代に授業を通して批評を行っていた。例えば『髪結の亭主』を視聴し、原稿を書き、他のクラスメイトと競い合う授業があったという。また、大学院生の時には周りからの勧めで演劇の批評系の雑誌に原稿を書いて送っていたという。

 一方、高橋先生の大学時代には、「身体文化論」という特定の枠はなかったという。しかし、演劇やダンスといった身体文化の幅広い学びはあった。本学科の「身体文化論」の前任者だった國吉和子​​先生の授業を、大学時代に受けたことがあったそうだ。國吉先生はダンスを主とした研究をしていたが、高橋先生は演劇を専門としている。一見異なる分野なのに、「身体」という視点から論じることで、パフォーマンスの根底にある部分が見えてくるのである。

 さて、「身体文化論」の授業からは、実際にどのような知見が得られるのだろうか。「授業では舞台芸術における身体文化をテーマにしていますが、実はそれを通して一般社会において私たちが日々過ごす中で、身体というものがどう位置づけられて、どう変わっていっているかを探ることができるのです。舞台というのはある意味社会の縮図で非常に見えやすい部分です。むしろそこから逆に一般社会の中で私たちの身体というものがどう捉えられるべきかというところまで思考を持っていけるといいなと思っています」 さらに高橋先生は、演劇やダンスからも離れた意外な事象に言及する。「ネット社会と言われ、スマホ一つでいろんな情報が手に入る世の中になった。その割に、人はどうしても身体を移動させたくなる」コロナ禍は、その思いを加速させているかもしれない。コロナで旅行などができなくなっていたからこそ、どこかに行きたがる。「スマホがあっても、私たちは身体からはやっぱり離れることはできない」というのだ。

 取材・文=伊藤華

 写真=岡村瞳

高橋宏幸 (たかはし・ひろゆき)

演劇批評家。桐明学園芸術短期大学演劇専攻准教授。多摩美術大学、早稲田大学、日本女子大学などで非常勤講師。世田谷パブリックシアター「舞台芸術のクリティック」講師。座・高円寺劇場創造アカデミー講師。俳優座カウンシルメンバー。《テアトロ》、《図書新聞》などで舞台評を連載。

※本記事は、『R』2023版(2023年3月15日発行予定)に掲載されます。