芸学生に投げた四つの問い 〜なぜ芸学に来たのか、そしてどこへ行くのか〜

 多摩美術大学芸術学科では、本学科の素顔を見せる雑誌『R』(編集長:小川敦生教授)の記事を電子版で配信いたします!


 芸術学科は、多摩美の中で唯一実技科目を専門とせず、理論的・学術的科目に重きを置いている学科だ。一方、あらゆる美術やデザインが研究対象となっているため自由度が高く、芸学生(芸術学科に所属する学生)が実際に関心を持っている分野もかなり幅広い。しかし、自由度が高いということを裏返せば、外から見て何をしているのかがわかりづらいということにもつながる。本記事ではその実態を明らかにする一助となればと、芸学生4人を取材した。

芸学生に投げた四つの問い
Q1 なぜ芸術学科を受験したのですか?
Q2 入学前後で、学科への印象の変化はありましたか?
Q3 自身の研究テーマにまつわる放課後・休日の過ごし方について教えてください。
Q4 自身の研究テーマについて、今後のヴィジョンはありますか?


 

德永裕太さん(2年)

A1 もともと、絵画や彫刻などのファインアートに関心がありました。地元に県立の美術館があるのですが、幼いころから身近に美術館がある環境で育ったことも、美術に興味を持ち、また展覧会等に足を運ぶ習慣がついた一つのきっかけだったと思います。それから古典芸術、特にネーデルラント美術に興味を持つようになったのですが、次第にその歴史や文化を学術的に突き詰めたいと思うようになって、実技系でなく芸術学科を受験しました。
A2 学科紹介の冊子やホームページを見て、絵画や視覚芸術を研究することがメインなのかなと思っていたのですが、実際に入ってみると僕の周りには文学を好きな人が多かったので、すこし意外でした。ただ、学科の講義の質が高いというのは、入学前に想像していた通りでしたね。特に、金沢先生と大島先生の授業が好きです。
A3 なるべく分野を幅広くするよう意識して、展覧会に行くようにしています。1年間で500件の展覧会に行くことを目標にしていましたが、5月末の段階で184件にたどり着いたという状況です。ヨーロッパ古典美術の研究のために、本もよく読みます。多摩美の図書館はほぼ毎日利用していて、高価な図録や海外図書は、自分では手に入らないので助かってます。
A4 在学中のヴィジョンとしては、金沢先生の装飾デザイン調査設計ゼミと、大島先生の美術史設計ゼミに入って卒論を書くこと。大学院への進学、できれば博士号まで取りたいと思っています。
僕は自分で制作もするのですが、歴史的な技法も試しますし、展覧会から現代の作家の技法を吸収して、自身の作品に反映させることもします。ネーデルラント美術を勉強して、美術館・博物館・ギャラリーを巡って作品を消化し、そして制作で昇華する。改めて、僕の体は美術で構成されているように感じます。

德永さんが興味を持ったネーデルラント美術の例/ディーリック・バウツ(派)《荊冠のキリスト》《悲しみの聖母》(国立西洋美術館蔵、15世紀)


犬童敦哉さん(1年)

A1 これまで制作を進める中で、ずっと詩に興味がありました。幼少期から邦楽を聞くことが好きだったので、そこから旋律や詩など歌を構成している要素に興味が向くようになりました。そしてテキストや言語を起点にしたインスタレーションや映像作品をつくりたいと思い、言語と美術のかかわりについて深くアカデミックな知識を吸収するために芸術学科に来ました。
また、実技系の学科には入らなくても自分の意志で制作は続けるだろう。むしろ人文学的な知識を入れたほうが自分の作品が強くなるのではないかと考えたことも、芸学を選んだ理由の一つです。
A2 言語を起点に芸術と携わっていく、分解していくといったところは印象通りでした。一方、芸術学科にも作家になりたい人が数人はいるだろうと思っていたのですが、来てみると意外と少ないなという印象でした。

犬童敦哉《或る寓話、それにまつわる鶏、ポエトリーリーディング》(2022年、インスタレーション、H200cm、W200cm、 D200cm)

A3 一人で頭や手をずっと動かしていると、どうしても作品が煮詰まっていく感覚や、思っているのとは違うおかしな方向に進む危険性があると感じています。なので、フィールドワークは積極的に取り入れています。
特に海に行くことが多く、波の常に動き続けるという流動性や不可逆性、一過性からは新しい視点が得られるような気がします。
A4 メディア映像の専攻で、大学院への進学を目指しています。芸術学科に在籍して、僕自身はやりたいことを続けて、ここで得られるものを得て、最終的にメディア芸術に行きたいな、と。
またその流れで、日本の現代美術のかたちを変えるにはどうするのが一番いいのかと考えたとき、文化庁の長官になるのが一番だと思っています。今動いているアーティストのサポートをできるという点で、文化庁やもしくは集英社といった出版社を考えていますね。

犬童敦哉《よだかの星》(2019年、立体、H160、 W150、 D40)


大野詠史さん(4年)

A1 高校での映画体験が「映画を撮りたい」というのとは違う方向へ伸びました。そして絵を描き、詩を書いては自分の表現が恍惚感をもって現れ、それを続けていたいと思い、美大受験を志して美術予備校に通いました。大学では、表現することが好きな人と友達になりたかったのです。悩みに悩んで、芸術学科を受験しました。
A2 入学後、油画専攻とデザイン学科の4年生5人しかいない謎のゼミに迷い込み、言語以外にも多くの文法があることを知りました。あらゆるジャンルをむさぼり食い、胃袋の中がごった返して吐き出しました。まさにカオス!想像通りの美術大学!しかし、私が知っていた美術史とは明らかに西洋の絵画史であったことに愕然(がくぜん)とし、芸術人類学研究所の門を開きました。
A3 大学での空き時間は充実していました。本を借り、映画を見て、作品制作も行えます。一人で黙々と向き合う時間はおそらく学生の特権で、とても貴重なものです。放課後といえばいい思い出があります。持参したガスボンベと鍋、各種材料はMrMaxでそろえて、3限の時間、版画専攻の友人と待ち合わせました。大学生といえばパーティです。冬の代名詞「鍋パ」は厳かに始まりました。しかし序盤も序盤、キムチ鍋の煮える蒸気の隙間から研究室の人がやって来ました。怒られて、追い出されました。しかし、食べることは生きることです。池の前で宴会は続き、腹がいっぱいのいい思い出、ご馳走様でした。


 

倉町隆太郎さん(3年)

A1 きっかけは、美術や映画がもともと好きだったことと、映像の制作にも興味があったこと、さらに、それらを深く学びたいと思ったことです。また音楽も好きで、インストの音楽をうまく組み込んで、病みつきになってもらえるような動画を作りたくて、真剣に映像の勉強をしようと思ったことが大きいです。
A2 座学がメインの印象を持っていましたが、ゼミなどによっては自分のしたい活動ができるのが意外でした。自由度が高くていいなと思います。
A3 個人とバンドで音楽活動をしています。個人活動のほうでは、アンビエントミュージックの制作をしています。バンドではベースを担当し、たまに渋谷などでライブをしています。
A4 今後も映像や音楽を主軸に活動していきたいです。


 

取材後記

今回の取材を通し、友人の意外な一面を知ることができた。他の学科に比べ、美術や映像、音楽、演劇などその他にも幅広い専門分野に精通する芸術学科には、多種多様な興味を持った学生が集まる。同じ学内に専門性の異なる人がいるのは非常に面白い。多くの刺激を得られ、視野が広がると改めて感じた。(深見祐生)

今回の取材を通して、自分以外の他者と話すことの面白さを強く感じた。自分にはない考え方を知ることで新しい視点を得られ、自身への刺激にもなった。記事からもわかるように芸学にはさまざまな興味をもつ人々が在籍している。そして芸学生の人数分だけ、自分にはない可能性に触れるチャンスがあるのだろう。(岩﨑良子)

普段芸学で過ごして感じていた通り、取材を通して、芸学生が関心を持つ分野や実際の活動は幅広いことがわかった。また取材をするこちらも、いい経験と刺激を得られた。芸学生は学外だけでなく、学内での学びも存分に自身の養分としているらしい。芸学棟ラウンジスペースでは、雑談はもちろん、日々熱い議論が交わされているのをよく見かける。筆者も多摩美生としての、そして芸学生としての有意義な日々を謳歌したいと思う。(金杉美也子)

 

取材・文=深見祐生、岩崎良子、金杉美也子


【芸学生の生活についてのアンケート

※上記の取材に先立って、芸術学科の学生全体を対象にアンケート調査を実施しました。グラフは、回答者のみの数字から作成したものです。

Q1 出身地方はどこですか?

 

関東地方 50%

中部地方 13.6%

中国地方 4.5%

四国地方 4.5%

九州地方 6.1%

海外   18.2%

 

 

 

Q2 通学時間はどれくらいですか?

 

 

30分以内   40.9%

1時間以内   13.6%

1時間30分以内 22.7%

2時間以内   9.1%   

2時間30分以内 9.1%   

それ以上    4.5%

 

 

 

 

Q3 昼食でよく利用するものは?

 

東学食堂        18.2%

多摩美パン屋      54.5%

セブンイレブン(校内) 4.5%

セブンイレブン(最寄駅)4.5%

校外の飲食店      9.1%

自宅          4.5%

持参した弁当      4.5%

 

 

 

 

※本記事は、『R』2023版(2023年3月15日発行予定)に掲載されます。