東京国際映画祭2015レポート1〜ブリランテ・メンドーサの世界〜

  2015年の東京国際映画祭TIFF(第28回)は、10月22日から31日まで六本木ヒルズを主会場に10日間にわたり開催された。
 今回もっとも注目されたのはCrosscut Asia部門「熱風!フィリピン」(国際交流基金アジアセンター共催)で一挙5作品が日本初上映されたブリランテ・メンドーサだった。メンドーサは近年、国際映画祭でたびたび目にする名前で、てっきり若手監督かと思っていたが、1960年生まれで何と45歳で監督デビューしたという変わり種だった。
 今回みた『フォスター・チャイルド(里子)』(07) 『サービス』(08)『グランドマザー』(09)などがいい例だが、まさにカオスのような迷路のような生活空間にカメラがドキュメンタリックに入り込み、ギリギリの状況で生きる庶民の貧しさや善意を照明もろくにせず長回しで生々しく捉える。『フォスター・チャイルド』の雑然とした路地にひしめくバラックの家々。『サービス』のいまや衰退し成人映画専門館となった映画館内に住みつつ看板描き、映写技師、食堂、もぎりなど分担している一族。家の中も街路も猥雑で混乱している。主人公たちはその世界を歩き回り、カメラがそれを追い続ける。強盗殺人で殺された孫の葬儀の手配をしつつ裁判に立ち会う『グランドマザー』も忙しく町の中を動き回る。
 劇映画の通常の撮り方とはほど遠い。ダイレクトシネマのスタイルで撮られたフィクションとも、ドキュメンタリーに紛れ込んだフィクションの人物ともいえるが、そこには現実そのもののディテール、リアリティが強烈に浮き上がり物語の人物たちと共存するのだ。
 フィリピン南部の島々(イスラム圏)でつつましく暮す助産婦の夫婦(子供に恵まれず夫が第二夫人との結婚を望む)が小さな舟で海を行き来する『汝が子宮』(12)や2013年大被害をもたらしたヨランダ台風の被災地を舞台にした新作『罠—被災地に生きる』(15)でもそれは同様である。どちらもノラ・オーノールというフィリピンでは超有名な歌手・女優が主演だが、彼女はまったくその地域の生活者にしか見えない。そのリアリティがこのカメラや撮り方やロケーションや現地のエキストラから生み出されている。現代のネオレアリズモというべきか。『汝が子宮』の冒頭とエンディングではまさにドキュメンタリーというべき出産シーンもみられた。

(c)2015 TIFF

(c)2015 TIFF

 なかでも、映画館を舞台にした『サービス』の非凡さには目を見張った。10代の少女が全裸で鏡を見ながら”I love you”とつぶやき、それを子供が覗き見るシーンから始まるこの映画は、FAMILYという名の大きな映画館の至る所に貼られたポルノ映画のポスターが現実世界にはみ出したように、スクリーンの中も外もヌードやセックスに溢れている。ゲイやセックスワーカーのたまり場となり、トイレは頻繁に排水溝がつまり水が溢れ、フェリーニ的な猥雑な人物たちがアンサンブルを奏でる。もはや手の施し様もないのに何とかバランスを保とうとするこの世界から、恋人を妊娠させた看板描きの青年はラストで立ち去っていく。
 我々の生きる世界は天国でも地獄でもなく、苦しみの絶えない煉獄だとメンドーサの映画は訴えるが、同時にそこでまっとうに生きる人々の困難と努力を力強く讃えてもいるのである。

文=西嶋憲生


『サービス』Serbis(フィリピン=フランス/2008/94分)
監督ブリランテ・メンドーサ/脚本アルモンド・ラオ/撮影オディッシイ・フローレンス出演ジナ・パレーニョ/ジャクリン・ホセ/フリオ・ディアス/ココ・マーティン/クリストフェー・キング/ダン・アルバロ