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浄土真宗(真宗)の盛んなこの地では、お講という集まりが昔から続けられてきました。 お講の始まりは、宗祖・親鸞の没した11月28日にちなんで、毎月28日に信者が集まり、法会を 行うようになったことだったといいます。 お講はひとつの共同体を作り、そこに住む人たちが協力し合って生活する風土を育みもしました。
(報恩講の食事の様子)
11月28日前後には、毎年最も大きな法会を行うようになり、それが「報恩講」となりました。 皆で仏前に集い、お経を唱えて、お斎(おとき)と呼ばれる食事をいただき、 親鸞によってもたらされた徳に感謝します。
しかしなぜ、親鸞を偲ぶことと、食事が結びつくのでしょうか?
太田住職が説明してくださいました。 「『報恩講』は『報恩謝徳(受けためぐみや恩に対して報いようと、感謝の気持ちを持つこと)』 に繋がります。人の恩と、自然の徳を受けることが幸い。自然とは、仏様のことでもあります。 その幸いを味わうための方法を皆で確認しあったとき、共感が確信になります。 当時の人たちは、親鸞を、自然の徳が人格として現れた化身として考えました。 その化身を感じ、恩を味わうことが、報恩講であり、 また、食事をするという動作に行き着きました。」
昔はどのお寺にも報恩講になると多くの人が訪れ、お祭りのように賑わったそうですが、 今は昔ほどではなくなってきたとか。大勢の食事の支度をするのも大変になったという 話も聞きました。 それでもこうして続いていくのは、単なる形式ではなく、共に味わい感謝する共同の食事 という、根の部分が揺らいでいないからなのかも知れません。
報恩講が始まる前の準備の様子です。仏壇や部屋を飾ってお供え物をし、お膳の準備をします。
※次回も報恩講の内容を報告致します。
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浄土真宗(真宗)の盛んなこの地では、お講という集まりが昔から続けられてきました。 お講の始まりは、宗祖・親鸞の没した11月28日にちなんで、毎月28日に信者が集まり、法会を 行うようになったことだったといいます。 お講はひとつの共同体を作り、そこに住む人たちが協力し合って生活する風土を育みもしました。
(報恩講の食事の様子)
11月28日前後には、毎年最も大きな法会を行うようになり、それが「報恩講」となりました。 皆で仏前に集い、お経を唱えて、お斎(おとき)と呼ばれる食事をいただき、 親鸞によってもたらされた徳に感謝します。
しかしなぜ、親鸞を偲ぶことと、食事が結びつくのでしょうか?
太田住職が説明してくださいました。 「『報恩講』は『報恩謝徳(受けためぐみや恩に対して報いようと、感謝の気持ちを持つこと)』 に繋がります。人の恩と、自然の徳を受けることが幸い。自然とは、仏様のことでもあります。 その幸いを味わうための方法を皆で確認しあったとき、共感が確信になります。 当時の人たちは、親鸞を、自然の徳が人格として現れた化身として考えました。 その化身を感じ、恩を味わうことが、報恩講であり、 また、食事をするという動作に行き着きました。」
昔はどのお寺にも報恩講になると多くの人が訪れ、お祭りのように賑わったそうですが、 今は昔ほどではなくなってきたとか。大勢の食事の支度をするのも大変になったという 話も聞きました。 それでもこうして続いていくのは、単なる形式ではなく、共に味わい感謝する共同の食事 という、根の部分が揺らいでいないからなのかも知れません。
報恩講が始まる前の準備の様子です。仏壇や部屋を飾ってお供え物をし、お膳の準備をします。
※次回も報恩講の内容を報告致します。